ユーリが好きで
2013/09/09 02:37

「殺してくれって、言っただろ」

窓の外を眺めていた彼が言った。
不揃いに伸びた長い髪がうねる。
その向こう側には、銀色の枠に切り取られた狭い空が覗いている。
叩いたら割れてしまいそうな薄い青を抱え、こちらを見下ろしている。
彼は窓辺に力なく座り込み、長く伸びた髪を風に遊ばせながら再度口を開いた。
独り言のように鼓膜に落ちる音に目を細めた。

「馬鹿だよ、お前は」

その細い手に馴染んだ刃物を握りしめ、骨ばった指で刃先をなぞりながら彼はおかしそうに息を吐いた。

「何が間違いかなんて、わかってんだろ」

大勢の仲間と旅をして、彼が得た世界は、この下町から出ていない私には届かない。
下町の水浸し事件。
騎士団長の謀反。
文明の放棄と人類を天秤にかけた戦い。
その結末として、戻ってきた彼。
最初は下町の魔導器を取り戻すだけの、彼が故郷の手助けをするためだけの遠出だった。
それが世界の問題に発展した。
その最中で、彼は罪を重ねた。
重ねた罪を、血で何度も塗りつぶし続けてきた。

「許されちゃいけないんだよ」

「皆が救われたなんて大義名分は都合の良い解釈だ」

「貴族だろうが下民だろうが、等しく罪だと認識されるのが殺しだろ」

「いや、お偉い方は正当防衛だなんだと宣うか」

「結局、法はいつも身分が高い人間の味方だ」

法では裁けない。
裁く必要がない。
法は身分が高いものが都合の良い秩序を手にするための口実だから。
なら、それらに苦しむ弱い人間はどうすればいいだろう。
抗うほどに自分の首を絞める弱い人間はどうすればいいだろう。
彼は、その答えとして自身の両手を差し出したのだ。
彼の親友は、彼を許さないと言ったそうだ。
彼の仲間は、そんな彼を咎めることはなかったそうだ。
全てが終わった今、こうして日常に戻ってきた彼は、その汚れた手を引きずりながら己の在り方に疲弊していた。

「ユーリ、何処か、知らない場所に逃げちゃおうか」
「馬鹿言うなよ」
「知らん顔して、知らない場所で暮らそうよ」
「なんだよ、プロポーズ?」
「絆されるの嫌いの知ってるからそんなつもりないよ」

それ以前に、私をそんな風に見てはいないことも知ってる。
からかうように彼は笑った。
風が、冷たい。
耳鳴りがした。
窓の向こう側で誰かが彼を呼ぶ。
また、始まるのか。
おもむろに立ち上がる彼の横顔に俯いた。

「けじめはつけるつもりだ」
「ユーリ」
「オレにできることを、諦めたらそれこそ無責任ってもんだろ」
「ユーリ」
「だからいいんだよ」
「……」
「お前は、先に行ってていいんだよ」

大きな音が辺りに響いた。
同時に眩暈がする。
ばたばたと階段を駆け上がる足音が響く。
また始まった。
始まってしまった。
彼はおかしそうに笑う。
風が冷たい。
水が迫ってくる。
音が聞こえる。
彼が持っていたはずの、刃物が消えていた。

「ユーリ! 大変だよ!」

――リセットされた。
彼は力なく笑った。

「でかい声出してどうしたんだ、テッド」

ほら、あれ。
テッドは先ほどまでユーリが座っていた窓のサッシに身を乗り出した。

「また水道魔導器が壊れちゃったよ!」

何回目だろう。
視界が暗転する。
ユーリは笑っていた。
彼は何度、これを繰り返すのだろう。
同じ事件、同じ旅、同じ戦い、同じ対峙、同じ仲間、同じ展開。
信頼し合った仲間との1からのやり直し、倒した敵との戦いの1からやり直し、解決した事件の1からのやり直し。
彼はその最中で、殺しを犯したときに、繰り返しを思い出すのだそうだ。

いつの間にか戻っていた自室のベッドの上で、ぼんやりと天井を見上げた。

「ユーリ、いってらっしゃい」

彼がまた町を出ていく。
殺してくれと言った彼の顔が蘇える。
あの時殺していれば、彼はこのループから抜け出せたのだろうか。



20130909

※ループする世界とそれを自覚する主人公と毎回ラゴウ殺害時にループを思い出すユーリの話。



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