大学始まっちまいやした
2013/04/09 23:25



何気なしに指を絡ませた髪が、存外するりと流れるものだから目を見張る。
男性だからもっと硬い髪質だとか、指に絡まって梳く必要があるだとか思っていた。夜の濃紺をそのまま映したような暗く深いその髪を無為に撫でる。すると当然の如く、彼から非難にも近い視線と共に手が振り払われた。

「なんだ」
「あ……いえ、なんとなく」

触るな、と言いたげな眇がこちらに向けられる。しかし直接言葉にされないということは、絶対触れてはいけないというものでもないのだろう。さらさらと指でその髪を梳く作業に戻る。彼は今にも私を突き飛ばしそうなほどの嫌悪感を背中から滲ませているが、実際されないのだし、されるまでは好き勝手しててもいいだろう。そんな身勝手なことを思いながら、何とはなしに言葉を紡いだ。

「髪、切らないんですか」
「……」
「私、屋敷にいた時は巫女様のお世話をしていたんですけど、御髪の手入れとか特に好きだったんですよ」

彼女の長い髪を梳くのも、清めることも、一定の長さになったら切るのも好きだった。柊の螺鈿が施された櫛で髪を整え、伸びすぎた前髪や後ろ髪を鋏で切り揃える。現在巫女守りは私一人しかいない。眠り続ける巫女の世話は、信頼されているからできることだ。……でなければ鋏など危険物を持たせて巫女と二人きりになどさせない。私の屋敷での立ち位置は安定していた。髪の世話はその象徴とも言える。

(とはいっても、その巫女様はすでに目覚めている)

お前は髪を触るのが好きだね、と笑った巫女の横顔を思い出した。母の髪に刺さる柊の簪が脳裏をよぎる。あれが似合う髪が欲しい。懐にそっと携えたそれは、母の形見だ。私には、勿体無い代物でもある。

「なんだか、思い出しちゃって。長い髪を見てると触りたくなってしまいます」
「まるで、人形遊びだな」
「あはは、確かに髪を弄るだけなら和人形で事足りますよね」

髪を弄る私の手を、トビさんが不意に掴んだ。
こちらを見る眇は依然として感情が読めない。
彼は私の手を離し、抑揚に欠けた声音で言った。

「巫女守りも、人形遊びと同様だろう」
「!」
「悪いがオレは人形じゃない。遊んでやれるほど、暇じゃない」
「そんなことわかってますよ」
「……」

笑いながら返す。
同時に、何故だか内心ひどくざわついた。
まるで見透かされたようだ。
そんなことを思ったことはない。
なのに。
まるで核心を突かれたような気分になるのは何故だろう。

そっと、彼の左手に右手を伸ばす。
しかしそれは触れる前に払われてしまった。

「行くぞ」
「……はい」

どうにも、懐かしさと恋しさが解離しないようだ。






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