「ここまでくると、一途な女も憐れとしか言いようがないな」
「うるさい」
「追い掛けて志望校まで変えたのに、素人同然のやつに掠め取られて。お前って救えないやつ」
「黙って、梓馬」


わたしが睨みつけると、梓馬は柳眉を顰めて怪訝な顔つきを作る。昨日の桂ちゃんとのやり取りを話したら、鼻で笑ってこんな感じ。またわたしを加害者に仕立てあげようとしてるのだろうが、生憎この辺りに人影はない。つまりこの性悪を庇う人間はいないのだ。それなのに梓馬はふう、と優雅に溜息を零して、白い指先でわたしの顎を窘めるようになぞった。ぞわりと鳥肌が立つ。気持ち悪い。


「俺にそんな顔する女はお前だけだよ」
「だろうね、腹黒」
「お前は年上に対する口の利き方を教わらなかったのか?」
「梓馬は尊敬するに値しないわ」


わたしの発言がお気に召さなかったらしい梓馬は、口の端だけを緩めて笑い、ぐっとわたしの顔に近付く。至近距離で見る梓馬の顔はやはり整ってはいるけれど、こんな年不相応な老け顔よりは、桂ちゃんの天使みたいな愛らしい顔の方が好きだ。さらりと梓馬の長い髪がわたしの頬に掛かる。くすぐったくて思わず払いのけようとした手を梓馬が掴んだ瞬間、後ろの叢ががさりと揺れる。反射的に振り返ると、そこにいたのは燃えるような赤毛の女の人。日野先輩、だ。


「あ、あ…あの!お邪魔しましたっ!」
「へ、ちょ、違います!」


脱兎の如く走り去る日野先輩に冷や汗がたらりと背中を伝う。しかしその焦りは全て、隣の性悪への怒りへと転換されてしまった。


「梓馬!いま後ろにいたの気付いてたんでしょ!」
「心外だなぁ、彼女が見たのは君が僕が尊敬に値するかどうかを話すところからだよ」
「(確信犯め…自分の尻尾は出さないってことか)どうすんの」
「…何をだ?」
「日野先輩に勘違いされてその噂が桂ちゃんにまで広がってわたしの今までのアピールが遊びだって思われたらどうするの!」
「志水にまで行かないだろう」


冷静な指摘も頭に入ってはくれない。桂ちゃんも日野先輩の話なら喜んで聞きそうじゃないか。自分で言ってて悲しくなってきたけど。わたしは何においても桂ちゃん優先なのに、向こうはわたしのことなんか歯牙にもかけていないんだろう。日野先輩と話す桂ちゃんの笑顔が浮かんできて、また心臓に鈍い痛みを覚える。どうしてかな。桂ちゃんの近くにいられて幸せなはずなのに、第一セレクションの練習が始まったあの日から、わたしは暗い表情しかしてない。辛いけど、それでも、


「もういいんじゃないか?」
「…なにが」
「志水がお前に興味を持つ確率なんか天文学的数字だよ。相手が悪かったと思って次に行け。幸いにも俺の幼馴染みは俺に似て異性に人気らしいしな」
「いやよ。桂ちゃんじゃなきゃだめなの。何が、なんて自分でもわからないけど、わたし桂ちゃん以外見えないんだよ」


あの笑顔を知ってしまったら、あの音色を聴いてしまったら、誰もが恋に落ちてしまうだろう。春のようにたおやかで、夏のように眩しくて、秋のように厳かで、冬のように清廉なあの人以外、わたしの心を震え上がらせてくれるものなど存在しない。だから、わたしは弾き続ける。桂ちゃんの耳に届くまで。


「ふん…愚かな幼馴染みを持つと気苦労が絶えないな」


そんなのはお互い様だよ。梓馬だって、あの人に惹かれているくせに。自分の感情には何処までも鈍い梓馬へのお返しに、わたしも溜息を落としてあげた。

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