兵助と喧嘩した。

そんな深刻なものじゃない、ってあたしは思ってた。またすぐに仲直り出来るだろうって。だけど毎朝のモーニングコールも掛かって来なかったし(だから学校には遅刻した)、休み時間にA組に遊びに行ってもいつも教室にいないし、昼ご飯だって兵助が屋上に現れることはなかった。メールも返ってこないし、勿論電話も。そして現在は既に放課後。兵助の姿を今日は一度も見ていない。それだけのことなのに、学校に来た意味がないような、もう休んじゃえばよかったっていう気持ちが沸き上がってくる。あたし、何しに学校に来てんだろう。進路を考えて進学クラスに入った兵助と違って、あたしは大学生?なれたらいいなーぐらいの気持ちで毎日を送っている。真面目な兵助だから、そんなあたしに苛ついてたのかもしれない。まあそれは今回の喧嘩には全く関係がないんだけど。


「で?結局喧嘩の原因は?」
「笑わ、ない?」
「今更何聞いたって驚かねえよ。この電波カップルめ」
「何よ、その言い方!」
「ああもうハチ…!話が進まないでしょ!咲ちゃん、続けていいよ」
「ありがと、雷蔵」


すぐに喧嘩腰になるハチとあたしを、雷蔵が咎めてくれた。本当に雷蔵がいなくちゃあたしたちはやってけないだろう。だけど放課後にこうして残ってまで相談に乗ってくれるハチにも、ちゃんと感謝している。二人の真剣な眼差しがあたしに向けられた。ごくりと息を呑んで、喧嘩の原因を思い起こす。


「…兵助が、」
「兵助が?」

「あたしより、澪ちゃんが可愛いって…!」


ぽかん。二人はそんな擬音が似合う表情を見事に同じタイミングで浮かべた。笑わないとの約束は守ってはいるけれど、その呆れ顔はどうなんだ。あたしが睨み付けると、先に回復した雷蔵が頬を掻きながらえーと、と苦笑する。


「澪ちゃんって…けいおんの?」
「そう!」
「それは…仕方ないんじゃないかな。兵助だし…」


雷蔵は律儀にも、兵助がおすすめした作品は一度目を通すから何とかわかるらしいが、全く興味を持たないハチは頭に疑問符を飛ばしている。漫画のキャラクター、と雷蔵が耳打ちすると、ハチはうんざりとでも言いたげに眉を寄せた。


「前回もそんな理由じゃなかったか?」
「ちっがう!この前は梨花ちゃん!」
「前々回は?」
「それはキョンの妹だった!」
「前々々回は?」
「そーれーはーゆたかちゃん!」
「区別つかねえよ!」


ハチは全然わかってないみたいで、少し立腹気味。あたしだって兵助の「俺の嫁」発言には慣れてるし、それだけのことで今更怒るはずもない。でも、今回はいつもとは違ったんだもん。思うように伝わらず、あたしがうなだれていると、雷蔵がぽんと何かを思い付いた顔で手を叩いた。あたしたちの注目が雷蔵に集中する。


「わかったよ、咲ちゃん」
「ほんとっ!?」
「うん。だって澪ちゃんって、ロリではないもんね」
「雷蔵…!さすが…!」


あたしは感動した。そう、兵助は基本的にロリコンなので、つるぺたの小柄な幼児体型と舌ったらずな甘い声を兼ね備えた幼い女の子にひどく萌えるらしい。それは兵助の恋愛遍歴を見て戴ければ一目瞭然だろう。「あんなの飾りです。偉い人にはそれがわからんのですよ」中学生のとき、兵助はガンダムの名も無い整備士の言葉を借りて、胸の大きさを気にするあたしに言ってくれた。それなのに、どうして今、澪ちゃんなの?あの娘はスタイル抜群の設定でしょ!そう思ったらいつもみたいに上手く流せなくて、つい口論になってしまったのだ。


「雷蔵…兵助、嗜好変わっちゃったのかなぁ…こんなつるぺた女いやなのかなぁ…」
「そんなことないと思うよ。大体兵助は萌えるから、って理由だけで咲ちゃんと付き合ってるわけじゃないでしょ?」
「…わかんないよう」


可愛いと褒められたこともなければ、好きだと言われたこともない。そりゃキスとかは普通にするけど、それ以上のことはまだだし、手を出す様子も見られない。二次元の女の子相手にはヌけるくせに、澪ちゃんを持て囃すことであたしじゃ力不足だって暗に言いたいのだろうか。


「らいぞうー…はちー…」
「おーい咲?なーに萎れてんだよ。兵助待ってんぞ」


女の子の呼び出しから戻ってきた三郎が、ちょいと右手の人差し指で教室の出入口を指す。そこに立っていたのは、愛しの兵助だった。今すぐ駆け出して、抱き着きたい衝動に駆られるが、喧嘩中なことを思い出してぐっと堪える。何も知らない三郎は早く行けと急かすけど、雷蔵はがんばって、と笑顔であたしを励まし、ハチはひらひらと手を振ってくれた。みんなの優しさに押されて、教室を後にする。廊下との境目で待ってた兵助は、あたしを見下ろすと小さく溜息を吐いた。


「ま、だ怒ってる?」
「はあ?元々怒ってないけど」
「だって、だって連絡取ってくれないし、ご飯も来ないし、教室いないし…!あたしのこと、避けてるんでしょ?」
「ん、?ああ、今朝は寝坊して慌ててたから咲に電話する暇なかったんだよ。しかも携帯は家に忘れた」
「ご飯に来なかったのは?」
「今日は一日中大学の資料集めるのに忙しいから行けない、って三郎に伝えたぞ?」
「…じゃ、あ」
「もう終わったんだろ?早く帰ろう」


あまりにいつも通りな兵助に、あたしは開いた口が塞がらない。っていうか、喧嘩したと思ってたのあたしだけなの?


とりあえず教室から鞄を取って、三人にばいばいしてから帰路につく。昨日のことをさりげなく問い質してみると、兵助は記憶を探るように唸ってから「あれ喧嘩だったのか?」と一言呟いた。なに、その展開。


「だってあたしいっぱい怒鳴ったよ?」
「怒鳴ってたな」
「それに泣き喚いたし」
「泣き喚いてたな」
「澪ちゃんのこと悪く言ったし、兵助だって怒ってたじゃん」
「嫁を貶されて怒らないやつは男じゃないだろ」
「だから、あれ喧嘩でしょ?」


あたしが首を傾げると、兵助も同様に首を曲げる。なんだか話が噛み合わない。すると兵助は突然立ち止まって、じっとあたしの顔を見つめ出した。


「喧嘩じゃない。ヤキモチ妬いてんだなって、可愛いと思った」


生まれて初めて兵助から貰った褒め言葉に、血液が沸騰したかのように身体が熱くなる。兵助は涼しい顔のままで、それが憎らしい。照れ隠しに「澪ちゃんの次に、でしょ!」とかわいくないことを吐き捨てて逃げようとしたら、左手首を掴まれた。ごつごつして大きな、無骨な男の子の手。


「咲は、知らないかもしれないけど」
「…なっ、に?」
「俺が三次元で1番好きで、守りたいのは咲だよ」


次元の前提なんて気にならないくらい、嬉しい兵助の言葉。抑えきれなくなって、足をすぐさま方向転換。兵助の身体に勢いよく抱き着いた。二次元にいくらライバルがいたって構わない。あたしはこの人がだいすきです。

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