今日は久々のデートだ。お互いの家が目と鼻の先にあるから、毎日のように兵助のアパートに入り浸っているけど、こうして外出することは滅多にない。普段は兵助がエロゲするのを眺めてるか、マリカーとかを一緒にするか(ちなみに兵助は動くのがだるいという理由からWiiは持ってない)、ベッドに寝そべって漫画読んでるか、のどれかだ。ムード?なにそれ美味しいの?って言葉が当て嵌まる。だけど今日は、兵助があたしの誕生日プレゼントを買ってくれるというので、二人で選びに行くことになったのだ。


「咲ー行くぞ」
「うん!行ってきまーす」


差し出された兵助の左手を取って、玄関先で見送る家族に手を振る。おじいちゃんもおばあちゃんもママもお兄ちゃんも、仕事でいないパパを除いた家族全員が揃っているこの光景は少し異様かもしれない。昔からの付き合いなくせに、未だに兵助との仲を快く思ってないのがありありと見て取れる。過保護でごめんね、うちの家族。あたしの歩幅に合わせながら、ゆっくり歩く兵助に寄り添って、小さな声で謝ると、兵助はきょとんと目を瞬かせる。


「なんで?将来一緒に暮らすんだから、今のうちから見知っといたほうがいいだろ」
「兵助…!」


何の気無しに吐かれたその言葉が何よりもあたしを急上昇させた。頭の中ではグミちゃんのあの歌が大音量で流れている。顔が熱い。ついでに目頭も。もう、せっかく引いたラインが落ちちゃうじゃんか。真っ赤になった顔を何とかごまかそうと、兵助の腕を引っ張って、わざとすたすた歩いた。そんな照れ隠しも勿論お見通しなのは、言うまでもない。





「うわーっ…綺麗!」


何が欲しいか、と問われても別にこれといって見つからない。ご飯を奢ってもらっても後に残らないから嫌だし、服やバッグなんかを貰うのも味気ない。誕生日プレゼントっていうのは、本来どっきりで渡すものだと思うんだけどなあ。あれこれが欲しい、君が欲しがってたものだよ、なんてやり取りは正直虚しい。相手のことを考えに考えて、悩んだ末にくれるものなら、何でも嬉しいのに。兵助があたしが1番に喜ぶものをあげたいから、という理由で、自分からデートの誘いを持ち掛けたときは、文字通り天地がひっくり返るかと思った。選ぶのが面倒くさかったとも取れるけど、あたしはデートの口実じゃねえの?と主張する最もありえないハチの意見を採用した。とにかく、あたしは兵助とデートできて嬉しくて、そして今悩んでいるのだ。


「お一人様ですか?」
「いっいえ!お手洗いに行ってるんです!」
「左様ですか。その辺りのものはちょうどお客様のような結婚を意識してらっしゃるお若いカップルに人気なんですよ」
「へ、ぇ…そうなんですかあ」
「彼氏様がお戻りになられましたら、是非お二人で御覧になってくださいね」
「はぁい…」


にこにこ笑顔で他の客の応対に向かう美人の販売員さんの背中を見送って、あたしは溜息を吐いた。いま、隣に兵助はいない。彼は現在向かいのビルの2階、青い看板のお店に入り浸っている。かれこれ1時間は経っているのだけど、一向に連絡が来る気配はない。それ自体はもう慣れたものなので、あたしはあたしでピンと来るものを探していたのだけど、どれもいまいちだった。全部のフロアを回って、また戻ってきてしまったのが最初に見たジュエリーショップ。特にこのシンプルなピンクゴールドのリングがあたしの目を引いた。本物のダイヤを使ってるわけじゃないのか、高校生にも手が届く値段設定だ。しかし、それはあくまでも一般的な高校生に限ってのことであり、趣味に生計にお金を費やしている兵助にとっては、少々値が張るかもしれない。大体、もうエンゲージリングなんて気が早いよね。さっきの兵助の言葉だって、その場のノリだろうし。将来より今兵助といれることが重要だって気付いたら、誕生日プレゼントなんて馬鹿らしくなってきた。もういいや、兵助と合流して青い看板の店でスタスカのCDでも買ってもらおう。今月は確か東月くんだったはずだ。小野さんの甘いボイスで癒されちゃおう。あの店なら図書カードも使えるから兵助も安心―…


「すいません、サイズ見てください」


なんで?どうして兵助ここにいるの?いつもあたしが迎えに行くまでどこぞのガンダムマイスターみたく梃子でも動かないくせに。さっきの販売員さんが訳知り顔でにんまり笑って、あたしの太くも細くもない指にそっと指輪を嵌める。驚いたことに、ぴったりだった。これ、下さい。兵助の声も頭に入らず、あたしはその指輪を凝視する。自惚れても、いいのかな。やっぱり泣きそうなことに変わりはない。お代を預かった販売員さんが奥に消えていくと、兵助は向き直ってあたしを見つめる。真剣な眼差し、泣いてしまいそう。


「咲。俺、ちゃんと勉強して、司法試験合格して、立派な弁護士になってみせる。絶対咲を幸せにしてやる。だから、俺と結婚してください」


ばか兵助。こういうのをムードがないって言うのよ。周囲のお客さんはみんな物珍しそうにあたしたちをじろじろ見てるし、兵助の持つ青い袋からはポスターらしき白い棒が顔を出している。いつもと変わらない。空気読めなくて、どうしようもないヲタクで、それで、本当はあたしのことを何よりも大切に想ってくれてる。


「…っ、よろこんで!」


あたしもお互い様だね。ドラマで夢見たものからは掛け離れた、こんなプロポーズがこれほど嬉しいだなんて。拍手が沸き起こる。販売員さんがお釣りを持って来た。だけどあたしには、兵助しか見えない。世界で1番大好きだよ、あたしの王子様。

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