朝が巡ってきた。障子の隙間から漏れる白い光は最近めっきり見ていなかったため新鮮で心躍る。しかしそれとは裏腹に激しい眠気が襲ってきた。出掛ける前の晩くらい控えればいいのに。もう出発したのだろうここにはいないあの人を思って、温もりをなくした布団の上で寝返りをうつ。もう一眠りと瞼を下ろした瞬間、人の足音が近付いてくる。元々この部屋に近寄る度胸があるのは菫さんだけだし、そもそも今ここにはわたしと彼女しかいない。彼女はああ見えて武術の嗜みもあるので用心棒も兼ねているのだ。恐るべし、お嬢様。


「鈴、急いで用意しないときり丸君が来てしまうわよ」


襖越しに掛かった声に驚き、文字通り飛び起きる。そうだった、今日はきりちゃんと忍術学園に行く日だ。起きぬけのうまく働かない頭でとりあえず手早く立ち上がり、廊下に飛び出すと朝食と着替えと手荷物を抱えた菫さんがにこにこ立っていた。本当に、彼女は優秀だ。


「ああもう髪が乱れてる。手ぬぐいはある?手土産は持った?護身用武器は?」
「いいでーす」


母親というものはこういうのだろうか、と呆れ返るぐらい世話を焼く菫さんについ苦笑いが漏れる。わたしの態度が不満だったらしい彼女はじろりと睨みを効かせてわたしの襟を正した。これで五回目だ。


「あのね、菫さ「鈴」


彼女はわたしに話もさせてくれないようだ。急に真剣な顔つきになったかと思うと真摯なアッシュブラウンがわたしを捉える。


「なに?どうしたの?」


訳が分からず視線をさ迷わせるわたしの顔を、菫さんが両手でがっちり抑えたため結局見つめ合うしかなくなった。困惑したまま菫さんを窺うと、今にも泣き出しそうな目をしていた。少し掠れた震える声が紡ぎ出される。


「幸せになってね」


ほんの数日離れるだけなのにどうしてそんなことを言うのだろう。


「…なれるかな」


自嘲気味に呟いた言葉に菫さんはしっかりと頷いた。


「…なれるわ。本当の幸せは人によって異なるものよ。あなただけの幸せを見つけるの」


綺麗な微笑みにわたしは思わずたじろぐ。数歳しか違わないはずなのにその差は天地ほどあるように感じた。戸惑いがちに首を縦に振ると、少々不満を口にはしたが、菫さんは満足そうだった。


「おーい!」


きりちゃんの声がいつもとは違い正門から聞こえる。菫さんに目線を送って、二人で門まで向かった先にはきりちゃんが立っていた。一緒に住まわせてもらっているという土井先生の姿が見えないが、きりちゃんは笑っているので問題があるわけではなさそうだ。わたしの姿を目に留め、走り寄ってくる。


「おっす」
「おはよう。土井先生は?」
「先行くんだって。鈴のことは村の生き残りに偶然会えたからどうしても離れたくないって言っといた」
「…そんな演技出来るかな」
「別に普通で平気だって」


きりちゃんと話していると、菫さんがそんなことより早く出なくていいの?と促した。きりちゃんが「やっべ遅刻するかも」と言うので本当に学生になった気分だった。


「じゃあね、鈴」


菫さんがこの上ない綺麗な笑顔を作る。目が少し腫れてるのも、気のせいじゃないんだろう。それでもわたしは、


「うん、行ってきます」


初めての挨拶を告げる。もう一度言えるかはわからない。さようなら、ありがとう、菫さん。精一杯の気持ちを込めた最初で最後の言葉に菫さんは全てを理解した表情で頷き、小さく手を振った。

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