それから、俺と鈴はたくさんの話をした。俺と同い年であること、この屋敷の外に出たことがないこと、海というものを一度でいいから見てみたいということ。たくさん鈴のことを知った。鈴は家族はいるものの一度も会ったことがないらしい。彼女は俺の故郷と家族が戦禍に巻き込まれたという話をすると我が事のように顔を歪ませた。忍術学園での出来事を話すと手を叩いて年相応に笑った。少しからかってやると眉を吊り上げて怒りを表した。どれも、初めの人形のような印象からは掛け離れた人間らしい表情だった。だからこそ、俺は気付かなかったのだ。彼女の奥深くに根差し、蝕んでいくとてつもない闇にも。そして、彼女の心にも。


夕暮れが訪れて、真っ赤な夕日が辺りを包み込んでゆく。塀越しではあるものの大した違いはなく、同じように互いの顔が赤らむのを笑い合っていると、ふと足音と騒がしい声が耳に飛び込んできた。途端に鈴の表情が歪む。何となくの予想はついたがどうしたらいいかはわからない。彼女の動きを待っていると、意外にも彼女はにこりと微笑んだ。


「もう時間だね。今日はありがとう。きりちゃんと話せてすごく楽しかった。わたし、きりちゃんのこと絶対に忘れないから」


まるで今生の別れでもするような鈴の言葉に思わず吹き出すと、彼女はきょとんとした目で俺を見つめた。


「大袈裟だっつの。また町に来たときは寄るぜ?」


俺にとってもまた彼女といる時間は心地よかった。彼女の声を聴いているとほかのこと忘れて穏やかな気分になれたし、無理せずとも勝手に笑顔が漏れ出してくる日だまりのような時間であった。俺の提案を鈴は丸い目を更に丸くさせつつ受け入れた。


「…じゃあ、待ってるね」


決して夕日のせいだけではなく朱に染まった頬を隠すように両手を当て、鈴はゆっくりと目を細めた。


「ああ、約束だ」


指切りでもしようかと右手を差し出すが、なかなか彼女は取らない。痺れを切らした俺が口を尖らせてその旨を口で伝えると、彼女は首を横に振る。


「それはだめ」
「なんで?」
「…どうしても」
「客以外に触らせるなって言われてんのか?そんなの黙ってたら「…違うの」


わかんないだろ、と続けようとした俺を遮って、彼女が言う。俯いているからどんな顔をしているのかわからないが、直感で泣いているような気がした。


「…だめ、なの。またお話しようね、」


彼女が無理矢理に話を切ったとき、タイミングよく男の声が椿の名を呼んだ。びくりと細い肩が大きく震える。


「じゃあ、ね」
「…ああ、またな」


それでも俺が次を暗示する挨拶で送り出すと、顔を上げて綺麗に笑顔を作った。小さくなっていく背中を見届け、立ち去るさなか誰かの泣き声が聞こえた、と思う。



名前も知らない、顔もうろ覚えな男の腕の中で、きりちゃんのことを思い出す。快活な声、さっぱりした笑顔、真っ白な心の初めての友達。わたしの思考を邪魔するように男が耳元でいやらしく、椿、と囁く。そう、わたしは椿。この箱庭だけでしか咲けない醜く憐れな徒花。彼に触れてはならない。穢れたわたしに許されるのは穢れた末路だけだもの。彼の美しさを、曇らせてはいけない。彼を、穢してはいけない。作り物の嬌声を上げながら、わたしは徐々に意識を手放していった。

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