これが運命だとしたら、神様ってなんて残酷なのかな。そう言って彼女は辛そうに可笑しそうに悲しそうに愉しそうにどうとでもとれる不思議な表情で笑った。


初めて互いの存在を認め合って以来、俺の頭から彼女の笑みが消え去ることはなかった。金の落ちた音への反応もワンテンポ遅くなってしまったし、褒美なんて言葉への敏感さもすっかりなくした。土井先生も体調やら何やらやたらと心配していたが何てことはないのだ。ただ、彼女という異質な存在が気になって仕方がないだけなのだから。ついに俺は行動に出ることにした。このままの腑抜けな俺では確立してきたドケチの印象が覆されてしまう。具体的に何が困るというわけではないが、やはり根幹を支えるものが失われるのを見過ごすわけにはいかなかった。こないだと同じ道を通り、同じ穴を覗き込む。都合のいいことにこないだと同じように彼女が退屈そうに座っていた。夢ではなかったのか、とおかしな安堵が胸に込み上げてくる。そのとき彼女の視線がぐるりと巡って俺の元に漂着し、そのまま固定された。また見つめ合うのか、その予想は彼女が突然立ち上がったことで呆気なく裏切られる。何をするつもりなのかこちらが戸惑っているうちにも、彼女は外履きをつっかけ、いそいそとこちらに走ってきた。何もそんなに急がなくてもとは思ったが、穴の正面まで辿り着いた途端、胸に手を当て荒い呼吸を整えようとする彼女を見ていたらどうでもよくなった。近くで見るとその美しさが目に毒な程伝わってくる。とりあえずは彼女が落ち着くのを待って、ついでに彼女が口を開くのを待つ。彼女から来たということはそちらに用があるのだろう。何処を見ていればいいものやら、悩んだ末に彼女の足先に目が行った。きめ細やかな白い肌の所々に咲く赤い痣。何となく嫌な予感がした。


「あ…あの、っ…こないだも、ここにいたよね?」


無意識に顔をしかめていたらしく、少し申し訳なさそうに彼女が言葉を紡ぐ。思っていたより幼く、金平糖を含んだ甘い声。むせ返るような香の匂いと相俟って、何処か現実離れしている空間を作り出す。


「あ、ああ」


その中でもがく俺は、普段とはまるで逆の愛想の欠片もない言葉しか出せない。彼女はそんなことには気も留めないらしく、俺の同意の言葉に嬉しそうに顔を綻ばせる。まさに花が咲いたような笑顔、といったところだろうか。


「やっぱり!ね、お名前は何ていうの?」
「きり丸」
「きりちゃんね!わたしは…」


同年代の男にいきなりちゃん付けはないだろうと不満を持ちつつも彼女の自己紹介を静かに待つ。しかし、いつまで経っても肝心の名前は出て来ない。不審に思いちらと窺うと、彼女はあーとかうーとか唸りながら考え込んでいた。


「どうした?名前忘れたとか?」


まさかそんなはずもあるまいと自分でツッコミたくなるが、彼女は「そういうわけじゃないんだけど…うー」と言葉を濁した。まあ名前など知らなくても困りはしないだろう、そう考え彼女を止めようとした瞬間。


「…鈴」
「鈴?」
「うん。でも他の人には内緒にしてね」
「なんで?」


別に誰かに好き好んで話すつもりもないが一応理由を尋ねると、鈴は複雑な苦笑いを浮かべて、それからもっとも耳に入れたくなかった事実を口にした。この町を通る者なら誰でも聞いたことのある話。この辺りの遊女屋に神か天使かと思わせるような十代の遊女がいる。その幼さすら凌駕してしまう程の美しさと愛らしさを兼ね備え、大金を積んで彼女を求める男が絶えないという。その名は、確か。


「わたし、ここでは椿なの」


そう、その遊女の名は、椿。俺の目の前で辛そうに笑う鈴は噂に聞く椿そのものだった。

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -