彼女を初めて目にしたのは夏の終わりのことだった。夏休みを利用しての町でのアルバイトを終え、たんまり貯まった銭に頬を緩めていた俺は大通りから横道に逸れたのにも気付かなかった。我に返ったときには辺りは見馴れぬものだらけ。まずいな、直感でそう感じた。人も疎らなその通りは独特の粉っぽい化粧の香りが漂っている。大方遊女屋の集う地区にでも出てしまったのだろう。他のは組の生徒なら慌てふためいていそいそと立ち去るだろうが、あらかたの修羅場をくぐり抜けてきた俺は動じない。ただ、興味があった。別にそういった大人の事情に首を突っ込むわけではないし、色事に盛んな年頃にはまだ早い。俺の気を引いていたのは、立ち並ぶ店の中でも一際大きく、細部までこだわったと見える豪奢な造りの屋敷だった。そこまでなら何の珍しいこともないが、周囲に張り巡らされた板垣の隙間から覗くその屋敷の内には小さな庭があった。やることなど一つしかない遊女屋にはそんな風流なものは必要ないだろうし、おまけに庭に申し訳程度に備え付けられた鑓水の脇には鞠も見える。その違和感をどうしても無視することが出来なくて、庭が見える方に回ってみると子供の背丈にちょうどいい位置に穴が開いていた。あからさまに覗くのは少し気が引けたが好奇心には代えられない。子供とは欲望に忠実な生き物なのだ。そう納得させて一応周囲を見回してから、漸く俺は視線を庭に向けた。すると縁側に座って、足をぶらぶらさせている少女が視界に入った。それが、彼女だった。


俺は意識せず思わず息を呑んだ。南蛮人かと見紛うような金茶色の手入れの行き届いた長い髪とそれに溶け合う雪と同じ色をした肌。寝間着に薄桃色の羽織りを掛けただけの簡素な格好だったが、それが更に彼女の華奢な身体を引き立てて儚さを醸し出していた。遠目でも十分わかる整った顔には何の表情もなく、彼女はまるで物言わぬ人形のようだった。それから暫くの間の記憶はない。気付いたときには彼女の大きな瞳はじっとこちらを見つめていた。いまの自分は不審者であるという自覚もある。叫ばれでもした瞬間に逃げればいい、そんな安易な考えで俺も目を逸らさなかった。どれくらいの時間が経ったかは知らない。先に視線を外したのはあちらだった。閉まっていた座敷の襖が開いて、中から番頭らしき男が彼女を呼びに来た。彼女がその遊郭とどんな関係にあるかはわからないし、興味もなかった。ただ、中に消えていく彼女が俺をしっかり見据え、最後に残した、どんな宝石にも劣らない美しさを持った微笑みが俺の鼓動を速くしただけだった。

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