寄せては返していく波の音が耳に馴染んで心地いい。高二という最も入学、卒業なんかの行事なんちゃらとは縁遠い学年である俺。夏休み終わりの始業式が行われた今日は学校は午前まで、バイトに勤しむ勤労学生は勿論当然の如くシフトをがっつり入れてたの、だが。


「まさか何処もなくなるなんてなあー」


思わず独り言を漏らしてしまうぐらい有り得ない。コンビニでは先輩にシフトを代わられた。この間デートだとかで帰りたがっていたときに、そんな予定もないため代わって入ったののお礼らしい。有難迷惑だと主張したが、お人よしの先輩は「いいっていいって!大学は休みだし」と言って聞かないので仕方なく渋々譲った。言っておくが、デートの相手もいない寂しい独り身というわけではない。それなりにモテるタイプだという自信もある。ただ俺は少し変わっていた。こう聞くと人間性が疑われるかもしれないが、金儲け以外に興味が涌かないのだ。特に女子というものはその最たるもので、寄って来られて悪い気はしないが恋だの何だの盛り上がっている彼女らに進んで付き合おうとは思わなかった。ああ、話がずれた。それから次にいつも手伝いをさせてくれるラーメン屋に行ったものの休業。それ以外にも思い付く限りの店に足を運んだが何処も旅行だったり満杯だったりで結局、今日のバイト先は見つからなかった。しょうがなくチャリを走らせていると海にまで来ていた。高校入学以来、忙しくて訪れていなかったが久しぶりに海を見ると心を惹かれる。どうせ何もないし寄ってみていいかもしれない。何とはなしに、砂浜に足を伸ばした。


「…長閑だなあ」


何の得にもならない行為を俺がするとは珍しい。明日は雨だろうか。自分で思って悲しくなるが。海に来ると、どうも物悲しい気分になる。幼い時分より、それは確かなことだった。母親に連れられて潮干狩りに来たときも、友と海水浴で集まったときも、大切な何かを忘れているような、そんな不確かな感覚が常にあった。それは今日とて変わりはなく、無意識に誰かを探している己を実感していた。何をしてるんだか、俺は。我ながら呆れてしまい、海から不意に逸らした視界に、一人の影が入り込んだ。夏とはいってもこんな中途半端な日に時間。人気もなく閑散していると思っていたが、珍しいこともあるものだ。不躾によく見ると、俺の通う高校のすぐ近くにある名門女子校のセーラー服に身を包んだ少女のようだった。あそこの学生はみなお稽古や塾などスケジュールが詰まっていてガードが固いと団蔵が言っていたから、こんなところで一人とは不似合いな気がする。何となく見続けていると、彼女が突然振り替えった。ミルクティー色の髪が風に靡いて、その子と目が合う。きょとんと目を瞬かせたあと、何かに気付いたような顔をして、こちらに近付いてきた。人一人分くらいの距離で立ち止まり、なおも俺を見つめる。


「…えーと?」


流石に居心地が悪くなって目が泳ぐけれど、彼女のそこらのアイドル以上に整った顔立ちにデジャヴュを感じる。何処かで会ったのなら、こんな可愛い子忘れないはずなのに。何の前触れもなく、彼女がへにゃりと微笑む。待ってくれ、その表情は、いつか。


「…鈴?」


頭に浮かんできた名前を口が勝手に紡いだ。なにやってんだ俺、気持ち悪い。慌てて口を隠したが、彼女の言葉によってその必要はないと知る。


「ほら、会えたでしょ?…きりちゃん」


あの時と同じ、耳に残る甘ったるい声。すべてが俺の胸に甦ってくる。やっと、俺のところに帰ってきてくれたのか。目に溜まった水のせいで歪んだ鈴が、綺麗に目を細めて真っ白な小さい手を差し出す。何も言えずに黙ってその手を握ると、鈴は頬を赤らめてはにかんだ。


「思った通り、きりちゃんはあったかいね」


嬉しそうなその笑顔に堪らなくなり抱きしめる。彼女は小さく声を上げたが拒まずに腕を俺の背中に回した。冷たさとは真逆の人肌の温もりが俺を包む。


「ああ、あったけぇな」


彼女の柔らかい髪に顔を埋めるとシャンプーのいい香りがした。時々洩れる嗚咽から察するに彼女も泣いているようだ。学校の話も家族の話も聞きたいこと、話したいことは山のようにある。彼女がやっと人並みに手に入れた幸せを二人で祝いたい。今の俺たちを縛るものはないのだから。波が、ゆらゆら流れて優しい音を立てる。来年もまた二人でこの音色を聴きに来よう、俺は心で強く誓った。

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