旦那様が去った後、山田先生に導かれてわたしは学園長室に、きりちゃんは土井先生と一緒に教室へ帰っていった。旦那様がここにいたということは、全て知られているのだろう。傾城ごときが大切な生徒をたらしこんだのだ。然るべき対応をされても文句は言えない。先程から同じ場にいたものの、初めて向き合った学園長は酷く大きな存在感を持って、わたしの前に君臨していた。顰められた眉から、これからの展開が予想されて身がぶるりと震える。何か言われる前に、せめてきりちゃんだけには責任が及ばないように、と開きかけた口は学園長の突然の問い掛けによって中断された。


「おぬし、何か決心しておるな?」


頭の中を見透かされたようなその指摘にこれも忍術なのかと身構える。どうやって人の思考を読み取るのか手段までは思い付かないため防ぎようはないが。学園長はわたしの心の声が聞こえているのか、


「別におぬしの考えとることが聞こえるのではないぞ」


と学園長は豪快に笑い飛ばした。


「大体のことは目をみればわかる。おぬしからは何かしらの悲愴な決意が伝わってきたのじゃ。綺麗な心をしておるのに勿体ないのぉ」
「…綺麗などではありません。澱み、濁り、荒み、もはや死と同じ。美しいのは皆さんの方」


言葉を切って、ゆったり耳を澄ませる。騒がしい声と足音が遠くで聞こえた。彼らとは違う。彼らのようにはなれない。わたしは、人間じゃないから。


「気持ちは変わらんということか…おぬしの決めたことならば仕方はないが…。何か、わしたちに出来ることはないかの」


わたしを気遣かっている目だ。どうして彼らはこんなにも優しいのだろう。類は友を呼ぶ、とはこういう意味だっただろうか。優しい彼の周りにはそんな人しか集まれないのだろう。ならば、わたしは運がいい。これ以上の幸運はないぐらいに。


「…海に、行きたいです。きりちゃんと二人で…」


自然に口許が綻ぶのが自分でもわかった。どちらかというと自嘲と謝罪の笑みだろうか。


「すみません、きりちゃんに我儘を言うかもしれません。皆さんに迷惑を掛けるかもしれません」


「…いいんじゃよ」


学園長は穏やかに頷く。


「子供は大人に甘えるもんじゃ。今までずっと我慢してきた分、おぬしの望みを叶えてやりたい」


有り難い学園長の言葉にまた涙が込み上げてくる。いつから涙腺がここまで脆くなったのだろう。この世界はわたしにはあったかすぎる。澱んだ川にいた魚が白河では息詰まってしまうように。



それから学園長が手筈を整えてくださり、きりちゃんと海に行けることになった。出発は夕日の沈む頃。わたしの最後の悪あがき。

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -