「円山、」
「知りません」
「まだ何も言っとらんぞ」
「…っ知りません」
「お前泣いただろう」
「知りませんってば」
「目が腫れてるな」
「元々です」
「いや、お前の目は本来もっと美しい」
「先輩の勘違いです」


さっきから部室の真ん中で繰り広げられる押し問答に、僕は隠れて溜息を吐いた。明らかに赤い目を必死にごまかそうとする円山と、やけに彼女に絡む立花先輩。堂々巡りするその言い合いは見てるこっちが辟易する。まあ立花先輩に盾突ける訳もないので、僕たち他の部員は思い思いに過ごしているわけだけど。この大川学園は中学から大学までの一貫校で、部活動は中等部・高等部共通で活動する。だから机の隅で塾の予習をしている伝七も、それを邪魔しようと目論む兵太夫も、窓からぼんやり雲を眺めている綾部先輩も、年齢はばらばらながらも、それなりに知った仲だった。そして立花先輩は去年高等部卒業したものの、こうやってしょっちゅうやって来ては余計なトラブルを起こし、自分が満足したら帰っていく。何とも身勝手な先輩なのだけど、生徒会長として君臨していた彼のカリスマ性がその事実をぼやけさせる。簡単に言うと、彼だから何やったって許されるのだ。それが数年間この作法部で過ごしてきた僕の結論。ちなみに作法部といっても、立花先輩が高等部に上がると同時に立ち上げたという事実からもわかるように、活動内容は特にはない。しかも部員は立花先輩の指名制であるので、現在たったの五人しかいない。開設当初は四人だ。どうやったらこんな部活とも言えない集団が学校に認められ、他の生徒からは羨望と憧れの目で見られるのか。それはやはり、立花先輩だから、に尽きる。


「浦風、私泣いてないよね?」


突然話を振られて、肩を大袈裟にびくつかせてしまう。ああ、こんなんだからM担当だと陰で囁かれてしまうのに。


「えっ…と、泣いて」
「ないよね?」
「…ないです」


どう見ても泣いた後だろうが。でも円山の綺麗すぎて恐ろしい笑顔に圧されて、真実を述べることは出来なかった。円山は自分の深い部分に入って来られるのを極端に嫌がる。名前だってそうだ。先輩は僕たちを名前で呼び捨てるのに、円山だけは苗字で呼ぶ。それが彼女が部に在籍する条件らしい。あの立花先輩に条件を提示するとは円山も大概度胸がある。


「ほら、浦風もこう言ってますし、いいじゃないですか」
「まったく藤内は…」


え、僕?何でですか!悪いのは円山でしょう!勿論思うだけだ。口に出すなんて寿命を縮めるような真似は絶対にしない。円山は立花先輩をあしらって、僕の隣の空いた席に腰掛ける。ふわりと揺れた髪から、薔薇の香りがほのかに漂ってきた。途端に速くなる鼓動に、自分のことながら情けないと思った。僕は彼女に恋している。


「ごめんね、浦風」


円山はそう言って申し訳なさそうに眉を下げる。僕は上手い言葉の一つも掛けられずにただ苦笑いを返すだけだった。


「あのさ、藤内でいいよ?」


沈黙が気まずくて思わず口走ってしまい、すぐに後悔する。ここにいる部員はそれが親愛であれ慕情であれ、皆一様に紅一点の円山に好意を抱いている。僕と円山の話を盗み聞いていないはずがないのだ。ああ、恥ずかしい。こっちガン見するの止めて下さい綾部先輩。兵太夫と伝七も目を輝かせるな。立花先輩、今録音したでしょう!?ちゃんと消して下さいよ!


「…………」
「いやっ!みんな藤内なのに円山だけ浦風なのが気になっただけだから!別に他意はなくて、」


咄嗟に弁解する僕を、きょとんと目を丸くして見つめていた円山は、不意に笑った。入学して四年目、今まで見た中で、一等綺麗な笑顔だった。頬に熱が集まっていくのがよくわかる。だから写メ止めて下さい、立花先輩!


「ありがと。でも名前は特別だから、いくら浦風でも呼べないの」


何でと聞き返す間もなく、円山は立ち上がって自分の荷物を取りに行く。立花先輩が引き留めると、体調が悪いから帰りますと言い切った。


「今日はこれで失礼します。みなさん、ごきげんよう」


ふざけたように手をひらひら振って円山は部室から出て行った。隠せないなら無理するなよ。立ち去る瞬間、彼女の目はまた涙で潤んでいた。




「とーない」
「綾部先輩!その憐れむような目止めて下さい!」
「藤内先輩…」
「これ、どうぞ」
「兵太夫も伝七も!気遣わなくていいから…っていうか蛞蝓とか要らないよ!それ他人のだろ!」
「藤内、フラれたな」
「あんたはもっと気を遣え!」

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