委員会のことで朝早めに集合したのはいいのだけれど、富松くんはクラスにいなかった。荷物はあるから、もう登校しているのはわかったが、本人がいないならどうしようもない。まだ人も疎らな教室でわたしは途方に暮れていた。捜しに行くのは構わないけど、何処にいるのか見当も付かない。富松くんとはよく話す方でもないし、彼のことと言えば、あの円山さんと幼なじみであるということしか知らないのだ。教室で待ってるべきかと悩むわたしの目の前には、今日の朝礼までに纏めなければならない資料。急いで作業を始めないと終わらないかもしれない。よし、捜してみよう。そう決意したわたしに不意に声が掛かる。


「百瀬ー作捜してる?」
「…次屋くん!おは、よ」


うっす、とわたしの拙い挨拶に片手を挙げる次屋くん。一部だけ金に染められた前髪が陽光を反射してきらりと光る。ああ眩しい。


「で、作なんだけど」
「あ、うっ…うん!次屋くん何処いるか知ってる?」
「あいつの幼なじみが弁当忘れたらしくて届け行った。A組に」


A組の幼なじみということは噂の円山さんだろうか。綺麗、美人、等々たくさんの評判は聞くものの、本人をこの目で見たことはない。好奇心がむくむくと頭をもたげる。わたしはそんなにわかりやすいのか、彼は期待に胸踊らせるわたしにぷっと吹き出した。


「百瀬わかりやすすぎ」
「えっ!?」
「ほら、また」


くつくつと喉を鳴らす次屋くんに返す言葉も見つからずに俯くと、次屋くんはわたしの頭に手を置いて一気に掻き乱す。


「ひゃっ…!ちょっ」
「気になるんなら行ってこいよ!マジで円山サン美人だから」


そうしてわたしは廊下へと送り出された。とぼとぼA組まで歩を進めている間も次屋くんの最後の言葉が重く、のしかかる。何気なしに見つめた窓硝子に映る、平凡そのものとしか言えないわたしの顔。他のコみたいに髪を染めたり、お化粧したり、自分を可愛く着飾ることは出来ない。だってお母さんの代わりをするのに精一杯でそんなことをするお金も時間もないから。家族に文句は言えないから、諦めるしかないのは解ってる。でも、


「せめて、もうちょっと可愛かったらなぁ…」


次屋くんは少し不良だ。髪もそうだし、耳にも幾つか穴が開いてて、制服も着崩してるから先生によく注意される。でも、見た目とは全然違って、他人の気持ちを慮れる優しい人なのだとわたしはつい最近知った。その時から、ずっと、恋しているわけなのだけど。彼はすごく格好いい。惚れた欲目も抜きにして、人間として外見だけじゃなく中身も。そんな彼を思い描くと、今目の前にある自分がひどく貧相に見えた。こんなんじゃ彼には釣り合わない。



A組の前に着くと、見慣れた赤らんだ茶の癖毛が視界に入った。言うまでもなく、富松くんだ。窓越しに話してるのが円山さんだろう。顔は残念ながら見えないけど、声だけは聞こえてくる。素で出しているのに、お砂糖みたいに蕩けそうな甘い声。普通に話してる富松くんを尊敬する。女のわたしでも彼女の甘さに酔ってしまいそうなのに。仲よさ気に話しているところを邪魔するのは忍びないが、こっちの都合もある。恐る恐る富松くんを呼んだ。聞こえたかどうかも疑わしい小さなものになってしまったけど、富松くんは慌ててわたしに向き直る。そんなに焦られると申し訳ないな。


「ほんっとわりぃ!」
「いいよ、そんな…」


富松くんのおかげで次屋くんと話せたし、とは流石に言えない。わたしはここに来た最大の目的を果たそうと、そろそろと目線を動かし、円山さんを探した。そして、窓枠に肘をついた彼女を認識するやいなや、わたしは言葉を失う。栗色の緩やかなカーブを描く長い髪に包まれた真っ白で小さな顔の上には、大きな目、長い睫、小さな鼻、桜色の唇が芸術作品のように配置されていて、それらを上手に引き立てるようにほんのり化粧が施されている。幼い頃買ってとせがんだフランス人形が目の前に現れた気分だった。同じ人間だとは思えない、完全な美がそこに存在している。時間にしてほんの数秒、だけどもわたしの網膜に彼女の姿はばっちり焼き付いてしまった。わたしの視線に気付いた彼女は瞬きを一度して、それから柔らかく笑む。わ、笑うとまた一段と可愛い。わたしがその笑顔に見惚れていると、富松くんは突然にわたしの肩を押す。どうしたの!


「百瀬さん、教室戻ろうぜ。…じゃあな、円山」
「あ、うん。えと、円山…さん?ごめんなさい、またね」


結局話すことは出来なかったけど、第一の目的は果たせた。評判以上に可愛かったなあ、円山さん。やっばり百聞は一見に如かずだ。教室へ戻る道すがらも、当然円山さんの話になる。興奮してまくし立てるわたしと違って、富松くんは至って冷静だ。慣れってすごいな、恐ろしいな。そんなことを考えていた頭は富松くんの言葉でフリーズする。


「…お、俺は百瀬さんみたいなコの方がいい、と思う…」


富松くんは言い切るか言い切らないかのうちに駆け出して、教室に逃げ込んでしまう。残されたわたしは、ただぽかんとマヌケに口を開いたまま動くことも出来ずにいた。わたしの方がいい?そんなはずない。百人に訊いたら百人が円山さんと答えるだろう。富松くんは励ますつもりで言っただろう言葉は、後ろ向きなわたしには酷く鋭く突き刺さる。こんな劣等感だらけの自分が大嫌い。

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テーマ「人外ファンタジー」
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