人目を引く容姿、抜群のスタイル。デートの相手だって頼まなくても腐るほどいるし、告白だって毎日のようにされる。だけど、だけど、


「ほら、弁当」


跳ねた赤茶の前髪を必死に撫で付けながら、廊下に面した窓から似合わない桃色の包みを差し出すのは、私の幼馴染みの富松作兵衛。そして、私が誰とも付き合わない理由でもある。作はほかの男の子みたいに、私と目が合ったぐらいで顔を赤くしたりしない。私のために何でもしてくれるわけじゃない。今日だって私のママに押し付けられたのだろう、不機嫌を露骨に眉間に表して、早く取れとでも言いたげに右手を突き出す。目線は、合わない。


「おい、取れよ」
「ありがと、作」


天使の微笑みとも称せられる笑顔(ばかみたいだけど)を綺麗に作ってお礼を言っても作には何の効果もない。また、不機嫌そうに頭を掻いた。


「作って呼ぶのやめろよな」
「えーなんで?」
「呼ばれる度、お前のファンの目が怖ぇんだよ」
「でも、作は作でしょ?」
「俺たちもうガキじゃねぇんだから、いつまでも昔のままでいられねーの。いいな、円山」


作の口から紡がれる私の名字は一番嫌い。中学入学までは華って呼んでくれてたのに、一度そのことで学校中の男子から睨まれてから、作は私を名字で呼ぶようになった。それでも仲良くない男の子はさん付けを忘れないので、それだけは特別。


「じゃあな」
「えっ、もう戻るの?」


教室に掛けられた時計に目を遣っても、始業までは随分時間がある。もっと話してたいのに、そう思って作のシャツの袖を引っ張った瞬間、「富松くん」廊下から女の子の声がした。控えめで、消えちゃいそうなぐらい小さいのに耳に残るソプラノ。


「っ百瀬さん!わりぃ!」


私の指を振り切って、作は彼女の元に向かう。少し赤らんだ頬、慌ててるのに嬉しそうな声。瞬時に理解して、その事実はすとんと胸に落ちる。作はこのコがすきなんだ。作を追い掛けた視線をずらすと、"百瀬さん"が目に入る。黒髪を二つに結っていて、立ち姿から大人しそうな印象を受けた。不細工ってわけじゃないんだけど、十人に聞いたら二人ぐらいがかわいいんじゃない?って答えそうな感じのコ。ぶっちゃけ地味。なのにその百瀬さんと会話を交わす作の頬はだらし無く緩んでいる。そんな表情私にしたことないよ。ねえ、作。


じっと見ていたら、百瀬さんの目が私に向いた。彼女の肩がびくっと震えたので、思わずいつもの笑顔を貼り付ける。作はそれに気付き、急に百瀬さんの肩を押し出した。華奢な彼女の身体がふわりと揺れる。


「百瀬さん、教室戻ろうぜ。…じゃあな、円山」
「あ、うん。えと、円山…さん?ごめんなさい、またね」


今度は引き留める暇もなかった。作はぐいぐい押して百瀬さんを私から引き離す。取って食いはしないのに。作の印象を悪くしたくないから、にっこり笑んでまたねと返した。私って健気。小さくなってゆく背中を目だけで追い掛けると、二人の会話が風に乗って届く。


「どうしよう…円山さん生で見ちゃった」
「…知ってんの?」
「学校一可愛いって有名だよ。ほんとに綺麗だね。白いし細いし睫長いしお人形みたい…!」
「そっかぁ?」
「富松くん仲いいんだよね?」
「いっ…いや!別に!全然!腐れ縁ってだけで!」
「あんな可愛いコと幼なじみなんて羨ましいなぁ」
「…お、俺は百瀬さんみたいなコの方がいい、と思う…」


それだけ言って作は駆け出して行った。百瀬さんの顔は見えないけど、多分真っ赤だと思う。作はそこらの男じゃ太刀打ち出来ないほど格好いいのだ。そして、私はきっと酷い顔をしているに違いない。目頭は熱いし、頭はぼーっとするし、視界は揺らんでいる。


「円山、大丈夫?」


クラスで飼っているイグアナに餌をやり終え、席に戻ってきた伊賀崎が私の顔を覗き込む。何も答えない私に何かを察してか、伊賀崎は私の頭をぽんぽん押さえ付けて、「泣きたいなら泣きなよ」と淡々と言った。なんで今日に限って優しいかなあ。普段は人間なんか興味ないって鼻で笑うくせに。


「っひ、っく…さっ…作…」


富松くん、だって。百瀬さん、だって。私が固執してきた呼び方だって、あの二人には関係ないのだろう。作って呼べば誰よりも近くにいられるような気がした。呼び捨てだったら親密だよね、と言い聞かせたりもしてた。なのに、なんで私じゃないの?なんで私じゃだめなの?私は生まれたときから作しか見ていないのに、作は一度も私を見てくれない。何だって手に入れてきたのに、どうして、作の好きって気持ちは私のものにならないの?


「好きっ…、なのに…ぃ…」


見た目なんかどうでもいい。他の誰にも好かれなくて構わない。だから、どうか神様。作を私にください。作がいれば、それだけで幸せだから。


「化粧、落ちてるよ」


沈黙を貫いていた伊賀崎がぽつりと漏らした。その化粧だって、作に振り向いてもらいたいから、なんだよ。

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -