普段よりちっとばかし背伸びした格好。何度も撫で付ける跳ねた前髪。コンビニの鏡に映る自分の姿に思わず苦笑が漏れる。本来なら部活のところ、鉢屋先輩に無理を言って休ませてもらったのだ。いつもの姫さんの我が儘に付き合って。


「さーくっ!お待たせ」
「お、おう」


背後から掛かる甘ったるい声に振り返ると、当然のように華が立っていた。学校では下ろしっぱなしの髪を頭の上でまとめてるせいか、見慣れないやつみたいで緊張する。クリームイエローの何つったかツナギみたいなのから伸びる白く細い脚がやけに目を引いた。ってどこ見てんだよ俺。邪まな考えを悟られぬよう、無理矢理に目線を逸らした。


「昨日なかなか眠れなくって寝坊しちゃったの。ごめんね?」
「んな待ってねーから心配すんなって。ほら行くぞ」
「うんっ」


華の手を掴むと、自然な動作で指を絡められる。これはひどく羞恥心を煽るから本当は苦手なんだが、嬉しそうな華を見ていたら何も言えなかった。左門に指摘された「作は最近腑抜けてるな!」がなかなかどうして尤もな意見だと理解する。理解したところで、華につられて緩んだ頬を、何とかするのは不可能に近かった。俺ってつくづくこいつに甘い。




電車に揺られて到着したのは水族館。つい先月リニューアルオープンしたばかりで、朝の情報番組でもこぞって特集されている。入場口で財布を取り出そうとした華を男のプライドというやつで遮り、二人分の代金を窓口で支払った。デート中は男が奢るものだ、と鉢屋先輩が口煩く忠告してきたのでそれに準じた結果なのだが、華は不服そうに頬を膨らませる。


「私、自分で払う」
「いいって。もう払っちまったし」
「いや!絶対私が出すの!」
「素直に奢られとけって」
「だ、って……」


いきなり俯いた華は立花先輩がどうだのぶつぶつ呟いて前に進もうとしない。受付の人も心配そうに俺たちを見ている。ったく…こんなとこで時間喰ってるバヤイかっての。


「だって…立花先輩が…奢られて当然って思ってる女ほど冷めるものはないって…」
「…華!」
「…先輩のうそつ「華!」…え…作?何?」
「じゃあ昼飯お前の奢りな!これであいこだろ」
「あ!…うん、了解」


俺の仕方ない譲歩に、華は途端に破顔してこくりと頷いた。受付のおばさんもやけに笑顔で「楽しんでってねー可愛いカップルさん」なんて言うから余計恥ずかしくなって、繋いだままの華の手をぐいぐい引っ張って突き進んで行く。後ろから飛んでくる華の非難の声は、聞こえない振りをした。




「すごーい!太刀魚すごい!」
「………はぁ」


普通の人間なら一番に食いつくはずのイルカやラッコは後回しに、華はひたすら垂直にたゆたう太刀魚の水槽にへばりついている。褒め言葉は「すごい」と「まっすぐ」のみ。ちなみにここの前はウツボとアロワナだった。ウツボはグロテスク、アロワナはでかいとしか言ってなかったが。チョイスが微妙すぎるというか何というか。もはや呆れて溜息しか出ない。


「なー華。あと5分でイルカのショー始まるぞ」
「えーイルカ?」
「なんだよ可愛いだろイルカ」
「…イルカ、可愛いの?」
「少なくとも太刀魚よりは可愛げがあると思うんだが」
「え…作が見たいんなら行く」
「じゃー行こうぜ。メインぐらい見て帰るもんだろ」
「はーい」


納得したくせに、華はどこか不満げにゆっくり歩く。今度は何だと言うんだ。華の機嫌は山の天気よりも秋の空よりも変わりやすくて、未だによくわかっていない。三之助曰く「円山サン超単純じゃん」らしいのだが。困っている俺の気も知らず、華はイルカのプールを取り囲む観客席に着いた瞬間、顔を輝かせてプールに身を乗り出した。お前、イルカ興味ないんじゃねぇのかよ。


「作!イルカだよ!キューちゃんだって可愛い!」
「あ?ああ…」
「作元気ないね…疲れた?私キューちゃん見てるから、日陰で休んどきなよ」
「や、大丈夫だ」


キューちゃん見たがってるし、何だこいつ。呆れてお前イルカ嫌いなんじゃないのかよ、と尋ねると華は驚いたように二、三度目を瞬かせた。


「え、好きだよ!可愛いもん」
「じゃあなんで来るの嫌そうだったんだよ」
「それは、作が…」
「俺が?」
「…作が、イルカは可愛いとか言うから…」
「は?」
「あ…何でもないっ…!」


しまった、と表情で語る華は、ばつが悪そうに視線をさ迷わせる。これまでの経験から言うならば、間違いなくこいつはヤキモチを妬いている、しかもイルカに。


「っ…だって、イルカって哺乳類だもん!だからライバル認定なの!作が悪いんでしょ!私には、可愛いなんて言わないくせに…」


顔を真っ赤にして言い切ると、華は柵から手を伸ばしてキューちゃんに触れようとする。係員のお姉さんがにっこり微笑んで、あまり空気を読まずに「彼氏さんもどうぞー」と声を掛けてくれた。決して振り返ろうとはしない華に、俺は恥を覚悟の上で口を開く。


「華、あの、その、さ…キューちゃんより、お前の方が可愛い、…ぞ」


恥ずかしいったらありゃしねえ。頬を掻きながらの俺の言葉のあと、ふるふる震えていた華は突然俺の頭を思い切り叩いた。いや、叩いたなんてレベルじゃなく、殴った。


「ってぇな…!」
「イルカと比べられて嬉しいわけないでしょ!作のばか!」


華はまたそっぽを向くとイルカの頭を撫で始める。ただし、もう片方の手は俺の手を掴んだまま。三之助の言う通り、こいつは超単純かもしれない。だがしかし、そんなこいつの反応に自然に頬が緩んでいる俺だって、同じように超単純なんだろーな。



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10000hit記念
富松と華でらぶらぶ
すごく…恥ずかしいです…
リクエスト
ありがとうございました

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