俺はだらしのない奴が嫌いだ。同じ図書委員のきり丸はしっかり…というかちゃっかりしてるからいいものの、彼と行動を共にする乱太郎としんべヱ、特に後者の奴は端的に言って苦手だった。あのへらりとした笑みも、ぷよぷよした肢体も、菩薩でも気取ったかのような包容力も、全部。どれも俺を苛つかせて仕方がない。それなのにあいつらは人を見る度ちょこちょこと寄って来て、好き勝手し放題して忽然と去って行くのだ。迷惑この上ない話だ。今日も今日とてあいつらは俺が当番をする図書室(全校生徒が利用するから、図書館と言っていい程に広い)に現れたかと思うと、何事かをごちゃごちゃくっちゃべって散々騒いだあとにでけでけ床を鳴らしながら出て行った。何しに来たんだ、叫びそうになった言葉を必死に飲み込む。何故かって。俺の前には、くすくすとおかしそうに笑う円山先輩がいたからだ。


「相変わらず大変そうね」
「他人事やめてください!先輩も当番でしょうが!」
「能勢、さっきから眉間に皺が寄りっぱなし」
「う、わ!」


円山先輩のか細い指が俺の眉間をつんと突いた。慌ててひっくり返りそうになった体を起こす。何がそんなにおかしいのか、円山先輩はまた笑った。よく笑うようになったもんだ、この人も。少し前までは約一名を除いて、誰と話してもおんなじ愛想笑いを振り撒いていたのに。


「先輩、幸せそうですね」
「えぇ?」


俺の指摘に円山先輩はとろけるようにはにかむ。言葉にしないでも、その本音は容易に見て取れる。くそ、俺じゃあ先輩をこんな風には出来なかった。言いようのない後悔に似た感情を押し殺すように手の平を握る。


「私の気持ちを相手が知ってくれて、相手も同じように私を想ってくれるって、すごく幸せなことなんだなって思って」
「はいはい、ご馳走様です」
「もう、いますごくいいこと言ったのに」
「すみません、聞いてませんでしたー」
「能勢のばか!」
「馬鹿でいいですから、仕事してくださいよ仕事」


わざと突っぱねてみせても、円山先輩の態度は変わらない。ちぇー、と拗ねながら抱えていた本を規定の棚に戻していく。その後ろ姿は小さくて、今にも倒れそうな程華奢なのに、彼女を見ると何故か俺は羊水に浸かる胎児のように安心する。まるで、母親のような。なんて言ったら流石に怒られるか。


「能勢も早く、見つかるといいね」
「…何がですか?」
「運命の人!」
「先輩…色ボケもいい加減に…」


睨みつけた円山先輩は微笑んでいた。窓から差し込む夕日を受けて、先輩の色素の薄い髪がきらきら光る。甘く紡がれる声は、子守歌のように響いた。


「能勢にも、みんなにも幸せになってほしいの。こんな気持ち、生まれて初めて。私、きっと世界で一番幸せだね」


ああ神様、俺はあんたを憎みます。俺はこんな、だらしのない円山先輩は知らない。清廉で凜としていた昔が懐かしくない、と言えば嘘になる。だけど、


「よかったですね」


俺がそう嘯くと幸せそうに頷く円山先輩を前にして、だらしなくてもいいか、と思ってしまう俺も、大概ほだされている。

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