「お!豆腐ちゃんだー」
「よ、豆腐ちゃん」
「もーハチ!三郎!ごめんね、叶子ちゃん」


今時珍しく自動じゃないドアが豪快に開けられたかと思うと、騒がしい声がぞろぞろ入って来た。誰かなんて見なくたってわかる。常識で考えて、あの人たち以外わたしを豆腐なんて呼ぶ人はいない。


「わたしの名前は豆腐じゃないですってば」
「恥ずかしがらなくてもいいだろー」
「そうだそうだ、せっかく兵助が付けたあだ名なのに」
「呼び始めたのは鉢屋先輩でしょう!」


そうなのだ、あの日から兵助さんは学校でわたしを見る度に豆腐談義を一人で突然おっぱじめるようになった。兵助さんとよくつるんでいるこの三人も必然的にわたしを知るわけで。最初に鉢屋先輩がからかい半分に彼女かよ?と兵助さんに尋ねたところ、あろうことか彼は「いや…豆腐…(の素晴らしさがわかる後輩)」という何とも必須事項が抜け落ちた紹介をしたために、わたしイコール豆腐の図式が成り立ってしまった。それ以来、彼らはわたしを見つけては豆腐ネタでからかってくる。あの有名な鉢屋先輩がこんなんだったと知ったときは流石にショックだった。女の子から人気のある彼らには正直近寄りたくないのだけど、彼らから絡んでくるのだからどうすることも出来ない。ここには女の子がいないからいいけど―…いや、よくなかった。


「百瀬…バイト中は私語は慎め」
「すっすいません!中在家先輩!」


ぎろりと先輩の鋭い眼光に刺され、わたしの体は反射的にびくりと震える。わたしがバイトしてるのは、この中在家先輩のお祖父様が経営なさっている中在家書店だ。一家代々本好きらしく、中在家先輩も大学のない日はちょくちょく手伝いに来ている。仲が良好かは微妙だが、以前七松先輩が遊びにいらっしゃったときに「長次は百瀬をえらく気に入ってるなー」とおっしゃっていたので、あれが勘違いでなければ、嫌われてはいないらしい。良かった…先輩のこの目に敵意が加わったら、正直生きてる心地がしない。

それから不破先輩が中在家先輩と本の話を始めたため、残りの二人の先輩は一目散にあるコーナーに向かった。大体こういうときは、ろくなことが起きない。兵助さんと不破先輩という強力なストッパーがいない彼らは思春期らしい暴走を始める。


「うわ、この娘の胸やべ!」
「なーに言ってんだハチ!女は尻だろう尻!」


やっぱり始まった。グラビアコーナーにへばりつく彼らは、手当たり次第にページをめくってはあーだこーだ議論を交わしている。あ、この流れはよくない。


「豆腐ちゃん!こっちの娘がイイよなー?Gカップだってよ」
「ばっか、この尻を見ろよ!太股にかけてのライン!最高だよな?豆腐ちゃん?」


なんでわたしに訊くんですか。半泣きになりながら、必死に目の前の雑誌群から目を逸らす。正直そんなの見ても劣等感しか湧かないですよ。小さな胸、大きなお尻にずきずき刃物を刺されているような気分だ。逃げたい、帰りたい。


「お前たち…百瀬をあまりからかうな」
「二人とも!すぐそうやって悪乗りするんだから!」


救世主登場。中在家先輩の投げた栞が二人の後ろの壁に刺さる。不破先輩がわたしと二人の間に入って、ごめんね、と笑う。ああ、癒されるなあ…。この人たちには敵わないようで、竹谷先輩と鉢屋先輩は素直に謝って、


「わりーな。お前の反応おもしれーからつい…」
「今回のは三十点だな」


はくれなかった。何も言えずに呆れ返るわたしに、不破先輩は二人の頭をこつん(こんな可愛らしい音じゃなかったけど、わたしまで火の粉を浴びたくはない)と殴って、謝らせてくた。何度も謝りながら三人が帰ったあと、中在家に指で呼ばれた。


「どうしました?」
「………」


無言でわたしの頭を撫でる。これは、励まそうとしてくれてるんだろうか。無表情そのものな顔が一瞬だけ緩んだような気がした。


「ありがとうございます、中在家先輩」


七松先輩の言葉は、あながち間違いではないらしい。

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