珍しくやる気を出した鉢屋先輩が今日のメニューは走り込みだと言った。基礎体力がどーたらこーたら話していたが、正直よく覚えていない。俺自身走ることは得意な部類に入るものだったから、文句一つ言わず体育館から校舎までぐるりと一周するコースに乗った。勿論いつもの決断力のある方向音痴を発揮して左門が迷うと困るので、俺は左門につかず離れず進んでいる。突き進む左門のスピードは一定でしかも速いから、意外と追い付いていくのは至難の業だ。あ、あいつまた曲がりやがった。そこは右に回らないと校舎にぶち当たるだろ!しょうがなく加速して左門の背中を追い、その角を曲がったところで別のものが見えた。隣まで行って視線の先を辿ってみると、見慣れたふわふわ頭と華奢な背中。向かい合うように立つ男。華が、告白されていた。何となく立ち去ることも出来ずにそのまま左門を捜すのを忘れ、息を潜める。気にならない、わけじゃなかった。


「円山さんってさー富松と付き合ってんの?」
「付き合っては、ないけど」
「じゃさ、俺と付き合わね?円山さんみたいに可愛いコに好かれて付き合わないって普通じゃねーよ。頭オカシーって」
「作を馬鹿にしないでよ」
「ばかにしてんじゃなくって、俺の方が絶対円山さん幸せにできるって言いたいわけ」


男は一歩ずつ華に近寄る。ここでわかったが、男の方はサッカー部でモテると評判のやつだった。華も同じように一歩ずつ下がるが、次第に校舎の壁に追い詰められてゆく。


「な?俺にしようよ」


男の少し日に焼けた手が、華の白く細い顎に掛かる。ゆっくりと華に近付いていく、わりかし整った男の顔に言いようのない苛立ちが沸き上がってきた。今にも華の唇にそいつのが触れようとした瞬間、気付いたら俺はそいつと華の間に自身の身体を捩込んでいた。華を庇うように立ち、目の前の男を睨みつける。男は突然の展開に面食らっていたが、すぐに我に返って睨み返してきた。


「んだよ富松。お前に関係ねーだろ」


俺の後ろでふるふる震えていた華は、俺の体操服代わりの部活Tシャツの裾をぎゅっと握り締める。沸々と怒りに近い感情が込み上げてきた。黙り込む俺に、男はなおも畳み掛ける。


「どけよ、関係ない富松くん?」
「…っせぇ…」
「あ?」
「関係なくねぇ…俺の女に手ェ出してんじゃねぇよ!」


はっとして、とんでもないことを口走ったと悟った。華の裾を握る手にぎゅっと力が込められる。羞恥を必死に隠すために男を射殺せるぐらいに睨んでいると、男は狼狽して何歩か下がった。何か言いたそうではあるものの、上手く言葉に出来ないようで、吐息だけが等間隔で漏れる。すると、何故か華の手が離れた。不審に思い振り返ると、華が異様にきらきらした目で俺を見つめていた。可愛いとは思う、けど今は恥ずかしいことこの上ない。華は俺ににこりと笑いかけて、俺の腕に自分のそれを絡ませると男の目をじっと見る。その吸い込まれそうな瞳に、俺は少し恐怖を覚えた。


「そういうことだから。もう帰ってくれるかな?」
「円山さん…?」


華の声はいつも通りなのに、どこか冷たい。悲愴な表情を作る男に、華は冷えきった笑顔を送った。


「勘違いしてるみたいだけど、あなたじゃ私を幸せに出来ないよ。私を幸せに出来るのは、世界でたった一人、作だけだもの」


こんなこっ恥ずかしいことを素面で言える華も大したものだ。その最後通告に、男は一度俺にきっと鋭い視線を送る。しかし依然として不機嫌そうに微笑み続ける華を前にして、諦めたように帰って行った。華はその方角を決して見ようとはしなかったが。


「ねえ、作」


男が消えると、早速華の弾むような声が隣から発せられる。そういえば絡めたままだった腕を外そうとすると、反対に強く絡められた。


「私って、作の女なの?」


わかりきってるくせに、華は至極楽しそうに訊いてくる。そっぽを向いたまま観念して「あぁ」とだけぶっきらぼうに返した。その瞬間、確かな質量が俺にぶつかってくる。慌てて剥がそうとしても、華は俺の胸に頬を猫のように擦り付けて離れない。華は半泣きの状態で笑う。


「作…っ!私、幸せすぎて、どうしよう…」


小動物を彷彿させる潤んだ瞳から、ぽろぽろ大粒の涙が落ちてくる。こいつ、泣きすぎだろ。と頭の片隅でしっかり思うのだが、そんな様子も可愛くて堪らない俺は、大分華にやられてる。俺だって、幸せすぎてどうしようもない。

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -