「うざいって平先輩のためにあるような言葉だと思います」


まるで美の女神アフロディテと見紛う美しさを湛えた円山は春の訪れに歓喜する花々のように顔を綻ばせる。今日もなんて愛らしい、私の天使。さりげなく彼女の細い肩に回した私の手をやんわりと抓るその白魚を思わせる指も、朝一番に磨いた私のローファーを踏み付ける小鹿のような脚も、その全てが私の心をときめかせる。私が円山への想いの丈を説いて聞かせてみても、彼女の目は今朝仕入れたばかりの薔薇に留まったままだ。しかし円山に薔薇はよく似合う。美しいものは美しいものと共にあるべきなのだ。そう!私と彼女のように!


「んー先輩、」
「どうした!?やっと私の気持ちを受け入れる心の準備が出来たか!?」
「(欝陶しいなあ…)薔薇の花言葉って何でしたっけ?」


花言葉…!そんな乙女心をくすぐるワードをよもや円山が口にするとは…。これはいよいよ私の時代が到来したのかもしれないな。口では恥ずかしくて言えないから花に托すとは…何といじらしい。少しばかり気の強い娘だと思っていたが、漸く大和撫子に相応しい奥床しさを身につけたのか。私は嬉しいぞ、円山。


「あの、話聞いてます?」
「おお!薔薇の花言葉だったな!薔薇は色によって様々でな…一般に赤は情熱的な愛、桃色は上品、黄色はジェラシー、白は私はあなたに相応しい、と言われている。勿論私の美しさを引き立てるのは情熱の真紅であり…」
「そうですか…んー」


円山は私の答えを聞くやいなや再びガラスケースの中のバケツに挿された色とりどりの薔薇に視線を戻す。真っ赤な薔薇を携えた私には見向きもせず。やはり美しさを生まれ持った者は、他人の美に鈍感になるのだろうか。私も以前はそうだった。だが、円山に出逢って私は生まれ変われた。初めて自分以外の存在を美しいと心底思えたのだ。あの衝撃は一生忘れることはないだろう。


「やっぱり白にしよっと」
「…白?」


私はあなたに相応しい。白薔薇の花言葉が頭の中を駆け巡る。なんだ、自信がないのは円山もだったのか。そんな卑屈にならずとも心配は要らないぞ!お前は十分私に相応し…


「すみません。白薔薇一本下さい」
「…花束にしなくていいのか?」
「多分一輪挿しが限界だと思うんですよね。花瓶とか持ってないだろうし…」


花瓶を持っていない?花屋の息子の私に何を言ってるのだ?円山の表情はかつてないぐらい和らいでいるし、少し照れたように頬にほんのり朱が差している。んん、一体誰の話をしているんだ?私への愛の告白ではないのか?頭ではそんなことを悶々と考えつつも、手は勝手に棘を取った白い薔薇をガラスケースから一本抜き取り、透明の包み紙を用意する。「リボンは赤で」、円山の注文もしっかり頭に入ってきた。やはり私には花屋の才能があるようだ。神は私に二物も三物も与えてしまったらしい。


「見よ、完成だ」
「わぁ!ありがとうございます。お代はここに置いておきますね。では、失礼します」


可憐な白薔薇を受け取った瞬間、円山は早口でそれだけ言い残して去って行った。当然私にくれるものと構えていた両手は虚しく宙に漂う。ふと目を遣ると、円山の手を離れた百円玉たちもどこと無く淋しげに佇んでいる。なんてことだ、私ともあろう者がまた翻弄されてしまった。決して手に入らないものに焦がれ続けるのも、私がれっきとした人間に過ぎない証拠なのだろうか。落とした溜息に、返事はなかった。

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