一応言っておくけれど、私は別に立花先輩の崇拝者でもないし、かといって反感を持っているわけでもない。簡潔に言えば、どうでもいいの一言に尽きる。だって立花先輩は作じゃないもの。だけどこれを口に出すと、立花先輩は綺麗な眉をそれはそれは悲痛そうに歪めて、周りの同情を引くように大袈裟に嘆くから、死んでも言わない。いくら私でも、先生や大多数の生徒や、はたまた近所のおばちゃんからまでも剥き出しの敵意を向けられたら、生きた心地がしないだろう。先輩には人を動かす力がある。そして、その自覚も勿論兼ね備えているのだ。


「で、だ。華はいつになったら自慢の彼氏を私に紹介してくれるつもりなのか?」
「僕も見たいな、華」


偉そうに脚を組みながら経済面を流し読んでいた立花先輩は、そう言ってコーヒーを啜った。その言葉に、浦風に嘘の答えを教えて、混乱した様子を見て楽しむ遊び(なんて悪趣味なんだ)をしていた綾部先輩もわざわざ振り向いて賛同する。ちなみに何が「で、だ。」なのかは全くわからない。というか、この人たちは特に意味もない場面で私の名前を呼びすぎだ。今日の放課後だけで軽く二十回は呼んだと思う。もう呼び方にこだわる必要もなくなったから、好きに呼んでいいと宣言したらこうなってしまった。あまり慣れてないから気恥ずかしいけど、何気に嫌いではないかもしれない。単に作が呼んでるのを思い出して幸せに浸ってるだけな気がしないでもないけど。私は広げたままだった化学の参考書を閉じて、二人の方を向いた。


「勝手に見ればいいじゃないですか。どうせ知ってるんでしょう?」
「富松作兵衛。乙女座のB型。高等部1年B組21番。選挙管理委員。バスケ部所属。成績は中の下。好物は―…」
「知りすぎですよ!」


すかさず浦風が突っ込んでくれる。よかった、いくら立花先輩が情報通だと言ってもさすがに気持ち、…良くはなかった。心中でさえもはっきり言葉に出来ない辺りは、立花先輩のすごさだ。


「そこまで知ってるなら十分じゃないですか?」
「僕らが見たいのは、そのトマトくんじゃないよ」


綾部先輩、本気で興味ないでしょう。この先輩の場合、それがわざとか本心かは計り知れないから厄介だけど。どちらにしろ会ったこともない人間に対して、これほど不遜な態度を取るのは綾部先輩ぐらいだろう。私は溜息をわざとらしく吐いて、その続きを促す。


「じゃあ何が見たいんですか」
「決まってるだろう。彼氏を前にしたときの華のだらしないアホ面だ」
「へ?」
「とーないから聞いたよ。すごいでれでれするんだってねえ」


私が横目で睨み付けると、浦風は全力で顔を逸らしていた。余計なことを告げ口してくれたものだ。暇潰しのためなら何だってやるこの人たちにとっては、恰好のネタに違いない。ここで流されちゃだめだ、と毅然とした態度を取り戻す。


「っていうか彼氏じゃないですよ、まだ」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでもいいって…」
「ふむ、そうだな。今日の活動内容はバスケ部の見学にするか」
「さんせーい」


きっと睨んだにも関わらず、話は勝手に進んでいく。伝七は机の上の勉強道具を片付け始めて、兵太夫も手元のPSPをスリープさせた。え、本当に体育館行くの?


「華、何をしてる。思い立ったが吉日だろう。早く行くぞ」
「来なかったら、トマトくんにあることないこと言っちゃうよ」


既にドアノブに手を掛けて出て行く気満々な先輩方に、私はもう一度溜息をついた。するといつの間にか隣にいた浦風が、ぽんと私の肩に手を置く。


「諦めろ、華」


この事態が誰のせいだと思ってるんだ一体。しかし久しぶりの全体行動で楽しそうにはしゃいでいる伝七と兵太夫を見たら、何だかその怒りも何処かに消えてしまった。よく考えて見れば、部活中の作も見れるし、そう悪くない話かもしれない。バスケをしている作は、当然いつも格好良いけど、それの三割増しで格好良い。体育館に行く途中でアクエリでも買って差し入れしてあげよう。


「華先輩」
「顔すごいことなってますよ」


後輩二人が心配そうに(とは言っても心配してるのは伝七だけで、兵太夫は確実に面白がっている)私の顔を覗き込む。知らず知らずのうちに緩んでしまっていたらしい頬に両手を宛てて、私は二人に大丈夫だよ、と笑いかけた。

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