「ん、いらっしゃい」


普段は安売りのスーパーに行くけど、豆腐だけは商店街のお豆腐屋さんで買うことにしている。昔からずっと変わらない味を保ち続けている老舗の名店だ。ここのお豆腐は本当に美味しい。価格も良心的だし、この豆腐を一度食べたら他の商品は口に出来ないんじゃないかな。客層は主婦が占める中で子供の頃から来店してたからか、店主の久々知さんはわたしのことを覚えていて、時にはサービスしてくれたりもする。わたしも久々知さんを父のように慕っている。笑ったときに目尻に出来る皺が、死んだお父さんに何となく似ていた。


「こ、こんにちは」


しかし、わたしは久々知さんの息子さんである兵助さんは苦手だった。艶のある黒髪、すべすべの白肌、長い睫毛など顔立ちが整っているから近寄り難いのもあったが、一番の理由はこの無表情だ。意外と低い声で訥々と喋られるとそれだけで怖いし、基本的に何を考えているのかわからない。だから兵助さんが店番しているときは極力逃げ帰るように心掛けてはいるのだけど。


「君さ、大川に入った?」
「えっ!は、はい今年から」
「あ、やっぱり。こないだ校門で見た気がしたんだよな」
「そうですか…って兵助さんも大川なんですか?」


わたしがつい調子に乗って尋ねると、兵助さんは変な顔をした。気分を害してしまったのかな、恐る恐る兵助さんの返事を待つと、彼は全くいつもと変わらない様子だったのでほっとした。


「ああ、三年だよ」
「三年っていうと鉢屋先輩…?」
「受験組なのによく知ってるな」
「え、ああ有名ですから」
「確かにあいつは変わってるもんな」


いや、兵助さん、あなたもです。とは言えない、言えるはずがない。というか兵助さんは大学生だと思っていた。こんなに格好良くて、しかも大人の落ち着きがあるんだから、きっとすごくモテるんだろうな。の割に女の子の噂話に兵助さんの名前が上らないのはどうしてだろう。鉢屋先輩や二年の斎藤先輩や綾部先輩の名前はすぐに出て来るのに。


「今度、学園で会ったら挨拶とかしていい?」
「えっ!?」


突然の申し出に心底驚くと、兵助さんは傷ついたような表情になった。わたしは慌てて取り繕う。


「あ、ごめんなさい!いきなりのことでびっくりして…」
「そっか、名前も知らないもんな。俺は久々知兵助」
「百瀬叶子です」


さっきまでわたしは散々名前で呼んでいたのにも関わらず、改めて自己紹介する兵助さんはやっぱり変わっている。兵助さんはぶつぶつわたしの名前を連呼してから、一人ごちて頷いた。うん、意味わからない。先輩に失礼かもしれないけど。


「豆腐を愛する者に悪いやつはいない!よろしくな、叶子」


その笑顔は晴れ晴れとしていて、見る者を蕩けさせるような輝きだったけれど、わたしは兵助さんがモテないまさかの理由を悟った気がした。


この人、豆腐のことしか頭にない。

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