「どうしたんだ、円山…」


担任がホームルームを終わらせると、私の席の前を陣取った伊賀崎は開口一番に言った。どうしてだろう、彼を見る度に何処か違和感を感じるのは。首元が、何だか寂しく感じるのだ。冬に大阪の主婦みたいな毒々しい色のマフラーを巻いていたときだけは、不思議としっくりしていたのに。机に臥したまま、目だけ動かして伊賀崎を睨みつける。


「なにー…?」
「うわ、ひどい顔」


伊賀崎は端正な顔を歪ませて、私の顔の酷さを表現する。いや、勿体ないからやめなさい。あなたの顔はクラスの女子の目の保養なんだから。しかし彼がわざわざ気にしてくれる程、今日の私は酷いのか。そういえば昨日なかなか寝付けなくて、朝も起きれなくて、髪も化粧も適当だったっけ。その旨を告げると、元がいいからそこまで悪くはないよ、なんて微妙な慰めを貰った。あなたに言われたくないよ、美少年。


「伊賀崎は、人を好きになったことあるの?」
「はぁ…どうせそんなことだろうと思ったよ」
「…私ってもしかしてわかりやすい?」
「ちょっと単純かな」
「失礼ね」


三反田にもお見通しだったみたいだし、私の態度は気持ちと直結してるようだ。無礼な物言いに頬を膨らませてみせると、伊賀崎は私の問いに答えるためか腕を組んで唸りはじめた。珍しい、真剣に考えてくれてるみたい。


「ないな」
「やっぱり?」


他人に執着せず、我が道を行く伊賀崎のこと。予想通りの返答に私は少し嬉しくなった。彼は期待を裏切らない男だ。あれ?だとしたら、私は伊賀崎に何を訊きたかったんだろう。彼に恋愛相談したところで、何が返ってくるわけでもないのに。


「だけど、円山は馬鹿だと思う」
「むっ…なんで?」
「自分の気持ちも伝えもせずに、勝手に悩んで、勝手に嫉妬して、勝手に落ち込んでるじゃないか。そういうとこ、人間らしくて似合わない」
「私は人間だもん」
「そういう意味じゃなくて。何で好きなのに告白しなかったのか、理解出来ないな」
「だって…作は私のこと何とも思ってないし、告白したら幼馴染じゃいられないし…」
「それが馬鹿なんだよ。告白が必ずうまくいかなきゃいけないわけじゃないだろう?伝えてみなくちゃ、ずっと女として意識されないままだ。それに、幼馴染がそんなに大切?今にも離れようとしてる、そんな不確かな関係が」


伊賀崎がこんなに話すのを見たのは初めてだ。そして形の良い唇からは正論が流れ出る。わかってる。私はただ逃げてるだけなんだ、変化が、作から拒絶されるのが、怖くて。男の子はみんな、一目惚れって言って私に告白する。それは、私の価値が見た目にしかないってことでしょ?作は私の容姿を評価しない。それじゃあ、私に好きになってもらえる要素なんてないじゃない。そう思うと、気持ちを口に出すのが恐ろしかった。何よりも大事な人に存在を否定されたら、生きていけないと思った。伊賀崎はそれを逃げと呼ぶ。私は彼を、否定することも肯定することもできない。


「…伝えても、いい、のかな」
「伝えなくちゃだめなんだよ。回り道なんて円山らしくもない」


伊賀崎の声には確かな説得力があって、単純な私はうっかり流されそうになる。今更伝えてどうするの。作はきっと今頃、告白してるんだよ。もう一人の私は諦めさせようとする。でも、作のことが大好きな私の方が、ずっと私の心を占めてるの。


「おーい、円山」


突然、伊賀崎よりも高いボーイソプラノが私を呼んだ。弾かれたように声の持ち主を捜すと、気まずそうな顔を貼付けた浦風がいた。向かい合う私たちに近寄ってきて、ぽかんとする私たちを置き去りに声を潜める。


「僕、偶然見ちゃったんだ。円山の幼馴染が告白してるとこ」


浦風の思いもよらない言葉に私は目を見開く。どうなったのかすごく気になる。でも、それを聞いていいのかどうか、私には判断がつかなかった。それを察したのか、伊賀崎が先を促す。


「それで、結果は?」
「あ、ああ。『他に好きな人がいる』って…」


浦風の答えも最後まで聞かずに、私は勢いよく席を立ち上がる。頭の中には作のことしかなかった。作は傷ついてるに違いない。教室から飛び出して、廊下は走らない!と叱りつける先生も無視して加速した。私に何が出来るかなんてわからない。ただ、作を独りにさせたくない、その一念で走り続けた。




「よかったのかい?」
「…何がだよ」
「てっきり君は、円山が好きなんだと思ってたんだが」
「好き、だった、よ」
「ふぅん」
「いや、ほんとのところまだ好きだけど。でも、さ、ほら」
「何?」
「あいつが幼馴染の話するときの顔見てたらわかる。絶対勝てないって。僕はあいつが幸せなら何でもいいんだよ」
「君ってさ…いい人で終わるタイプだね」
「…っ!そ、そういうお前はどうなんだ?」
「僕は別に。彼女は無意識のうちに僕に色んなものを与えてくれるから。そのお礼として応援してあげただけさ」
「…うまく、いくといいな」
「そう、だね」

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