俺は人が俺に抱くイメージよりも自分は空気を読める人間だと思う。多分、俺だけなんじゃないだろうか。円山サンは作が好き、作は百瀬が好き、そして百瀬は俺が好き、という一連の矢印に気付いている当事者は。何となくの直感に依るものも多いが、俺の勘は当たるので問題ない。何が言いたいかって?俺はこの状況を予想出来ていた、ってこと。


「とっ…富松くんなら、さっき、教室に戻った、と思うよ」


この百瀬の吃り具合からいって、作が告ったのは十中八九間違いないだろう。俺は何にも知らない振りをしてへらりと礼を言う。別に友達の恋路がどうでもいいというわけでも、女なんか興味ないというわけでもない。ただ積極的に関わろうとはどうしても思えないのだ。これは只の面倒臭がりなのか、それとも諦念に近いものなのかは判別がつかないため保留。考えるべきは、現在の俺だ。


「あ、円山さん、見たの」
「お、すごかっただろ」
「うん。すごくすごーく綺麗で感動しちゃった!」
「俺も初めて会ったとき、『人間ですか?』って訊いたしな」
「だよね。お人形さんみたい」


百瀬も教室に行くそうだから必然的に一緒に帰ることになった。ちょこちょこ歩く百瀬に歩幅を合わせながら、話題は円山サンに移る。円山サンとは作を通じて知り合った仲で、二、三回話しただけだが、決して顔だけの娘じゃない。成績とかも勿論いいけど、そういう表面的な価値を抜きにしても彼女は華やかに輝いている。それは外ならぬ作のお陰なのだと、一度見ただけですぐに気付いた。つまり円山サンは俺の中で芸術作品のカテゴリに入るわけだ。鑑賞こそすれ、触れたいとは思えない。なのだが自分から振ったくせに、俺が円山サンを褒めると、百瀬は微妙に曇った表情になる。女って面倒だなと思う反面、子供じみた独占欲が可愛いとも感じる。俺がこんな冷静にものを考えられる人間だと、一体誰が知るだろうか。


「男の子って、円山さんみたいなコが好きなのかな?」
「んー…どうだろ。まあ嫌いなやつはいないんじゃね」
「そっかぁ…やっぱりね」


お前がそう言うなよ、百瀬。あんなに円山サンの近くにいた作が、お前を好きになったんだろ?百瀬は卑屈すぎる。確かにぱっと目を引く容姿ってわけじゃないけど、誰よりも真面目に授業を受けるところ、人の話をきちんと聞いて、的確にアドバイスしてあげるところ、弟妹を目に入れても痛くない程に愛してるところ、百瀬のいいところなんて幾らでも挙げれるのに。どうしてお前は、そんなに辛そうなんだよ。


「俺は、百瀬もいいと思うよ」


これも本音だ。俺は嘘だとか世辞だとか自分を偽る行為が大嫌いなので、本心から思ったことしか口にしない。百瀬は顔を逸らしたが、赤くなった耳が黒髪の隙間に見えた。こういうとこも、可愛いと思うんだけど。


「そんな…気、遣わなくていいから…」


そう言って百瀬は黙り込む。なんかまずいこと言ったか?不意に鉢屋先輩に「空気は読めるくせに、人の気持ちには鈍感だな」と言われたことを思い出した。尊敬するあの人だから、その言葉も耳に残って離れない。流石に先輩だ、的を射ている。俺には、百瀬の気持ちがわからない。


結局どちらも口を開かないまま教室に着いた。今日は水曜日で部活がないので既に人影は疎らだった。ここに百瀬はいるし、左門は一人で帰れたのだろうか。団蔵か誰かが迎えに来たと信じたいが。作の姿もない。しかし俺が作を探してた理由である古典のノートはご丁寧に机の上にあった。それをエナメルバッグに詰めると、すぐ近くで百瀬が俺を呼んだ。俺は顔を上げる。


「さっきはごめんね。わたし、自分のことあんまり好きじゃなくてね、だから褒められても素直に受け止められなかった。だけど、もうやめにしようと思うの。誰かと比べて落ち込むのも、自分を必要以上に卑下するのも。だから、」


百瀬は早口でまくし立てて、そこで一度言葉を切った。いつもの眉を下げた困ったような笑顔とは違う晴れやかな表情で、笑う。


「友達に、なってください」


もう友達じゃんか。喉まで込み上げてきたその言葉は敢えて言わない。友達から、始めようか。この不器用でどうしようもなくいじらしい女の子を守ってやりたいと思う自分に気付いたから。


「おう」


俺たち、きっとうまくやれると思う。

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