胸のどきどきが治まらないまま放課後を迎え、呼び出された場所に約束の時間より早く向かう。すると富松くんは先に着いていて、額に滲む汗から走って来たのかなと思った。緊張で震える足に鞭を打って、富松くんの立つ木陰に歩を進める。さわさわと繁り始めた葉が風に揺れて音を奏で、心地のよいそれに気持ちが少しだけ落ち着いた。


「とっ…富松くん、」
「おっ、おう」


やっぱり声は裏返ってしまった。しかし富松くんの返事もまた変に高い声だったから安心して、つい笑いが漏れる。富松くんもつられて笑う。あ、何だかいつも通りの富松くんだ。そう思ったのもつかの間、富松くんはごほんと咳ばらいをして、真剣な顔つきになる。まっすぐな目が、次屋くんとはまた違って格好いいなと思った。富松くんは時たま、武士を彷彿させる。


「百瀬さん」
「は、い!」
「俺は、百瀬さんが好きです」


真っ赤に染まった顔を背けることもせずに、富松くんは言った。滅多に聞かない敬語も、心の篭った声も、全てがわたしの心拍数を上げさせる。射抜くような視線から、彼の本気が伝わってきて、反射的に思わず一歩下がった。ああ、やっぱりこういうのは慣れてないな。


「え、っと…あの、すごく、すごく嬉しいよ。そんな風に言ってくれる人、富松くんが初めてだから。でも、」


ごめんなさい。女の子にはね、幸せになれるかわからないと知ってても、譲れないものがあるの。きっと富松くんなら、大事にしてくれるんだろう。いっぱい愛して、愛させてくれるんだろう。でも、わたしはやっぱり、


「他に好きな人がいるの」


わたしは次屋くんが好き。釣り合わなくても、望みがなくても、わたしは彼に恋していたい。自分の気持ちに嘘をついて付き合ったって、誰も幸せになれないから。わたしの出した答えに、富松くんは下手くそな笑顔を作った。


「そっ…か。わりぃな、わざわざ呼び出しちまって」
「ううん、わたしこそ…ごめんなさい」
「謝んなよ。余計惨めになる」


そう言って富松くんが苦い表情を浮かべたので、わたしは慌てて自分の口を塞いだ。


「じゃあ…ありがとう」


こんなわたしを好きになってくれて。可能な限りの笑顔でお礼を言うと、富松くんは漸く笑ってくれた。いつものお兄さんみたいな包容力のある笑顔。


「これからも友達でいような」
「う、うん!」


よかった。男女の関係じゃなくても、仲良くしていいんだ。優しい彼の提案に、今度こそ心から笑えた。



じゃあまたな、富松くんは足早に去っていった。わたしはその後をなぞるようにのろのろと教室までの道を歩く。鈍いわたしは、彼が本当は涙を堪えていたことに全く気づかなかった。勿論、先程の光景を見ていた人がいるなんて思いもせず。そしてその上現金なわたしは、突然現れた彼に思考の全てを持って行かれたのだった。


「お、百瀬。作知らね?」


次屋くんに会うと、何故だか泣いてしまいそうな気持ちになる。胸がぎゅうっと締め付けられて、全ての感情を吐露してしまいそうな、そんなおかしな状態に陥ったまま、わたしは次屋くんの質問に対する答えを必死に模索していた。

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