朝が、やって来てしまった。あの後、家に帰り着いてからも何にも集中出来なかった。ハンバーグは焦がしてしまうし、アイロンは掛け忘れるし、お風呂の湯は抜いてしまうし、弟たちから心配された程だ。好きだなんて言われたことのないわたしには、それぐらいの衝撃だったのだ。円山さんなら慣れてるんだろうな、なんてついつい比較してしまう自分がひどく惨めに感じる。とにかく学校には行かなくちゃいけない。弁当に昨夜の残りを詰めて、ゴミ出しのついでに左門くんを起こすために部屋を出た。


「左門くーん!朝だよ!」
「あー…と5分…」
「だめだってば!わたし日直だから今日早いの!」


左門くんが一人で学校に向かうと辿り着けないまま一日が終わってしまうので、登校はいつも一緒だ。部活がある左門くんの帰りは遅いから待つわけにもいかず、わたしの代わりに近所に住む団蔵くんが毎日送ってくれてるらしい。ほんとに世話の焼ける弟だなあ。


「左門!朝ごはん出来てるわよ」

おばさんの鶴の一声。朝ごはんの単語が出るやいなや、左門くんはベッドから飛び起きて、寝乱れたパジャマのまま階下に消えて行った。挨拶ぐらいしてほしいな、なんて思ってみても無駄なのはわかってるけど。


「待たせたな叶子!」


リビングでおばさんとお茶を飲みながら世間話を交わしていると、準備を終えた左門くんがばたばたと下りてきた。余程急いだのか、シャツのボタンは掛け違えてるし、ぱっつんの前髪以外の髪はあちらこちらに跳ねたままだ。まったくもう。ぶつぶつ漏らしつつそれらを直してあげてると、おばさんがいつもごめんね、と眉を下げて笑った。お世話になってるのはわたしの方であって、左門くんの面倒を見ることはむしろ当然のことなのに。(勿論、義務感でやってるわけじゃないけど)


「いいえ、気にしないで下さい」


それでも人に感謝されるのは嬉しいことだ。にやけるのを抑えられずにおばさんに返すと、左門くんが変な顔と言って爆笑した。くそう、先に行ってやる。


「そういえば、バスケ部って朝練ないんだっけ?」


今更だけど、中学の頃はもっと早い時間に出てたような気がする。わたしはその頃、近くの公立の中学校に通っていて、美化委員の仕事の花の水遣りのために朝早く出てたからちょうどよかったのだけど。わたしが疑問をぶつけると左門くんは苦笑いした。そんな複雑な表情も出来たんだね。少し驚く失礼なわたし。


「今度のキャプテンの鉢屋先輩は滅多にやる気を出さない人だからな。自主性に任せるって」


つまりやりたい奴だけやってろ、という話か。鉢屋先輩は入ったばっかのわたしも聞くくらい有名な人だ。全国模試一位かと思えば定期で赤点取ってみたり、陸上の記録保持者のはずなのに体育祭はサボってみたり、気まぐれで誰にも読めない不思議な先輩。唯一顔のそっくりな従兄弟にだけは心を許していると専らの噂だ。一度くらい会ってみたいのはただの好奇心に因るものだけど。


そんな感じで話していたら、いつの間にか学校に着いていた。玄関でローファーを脱ぎ、名前の書かれた靴箱を開ける。すると、


「へ…?」


室内履きのスリッパの上に、真っ白い封筒。男の子らしく乱雑だけど丁寧に書かれたわたしの名前。先に行くぞと駆け出した左門くんの声も頭に入らない。(ほっといたら左門くんは教室に着けないのに)富松作兵衛。差出人のところに律儀に記されたそれに、頬が熱くなるのを感じた。ああ、どうしよう。

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