「ごめんね、三反田…」
「別にいいってば」


私の家までの道を、自転車を押す三反田と二人で帰る。泣いてる間にとっぷり日も暮れて、一人で帰れると主張したのだが三反田はそれを許さなかった。春先は変質者が多いんだから、教師のような口ぶりで三反田は私を家まで無事送り届けると勝手に決定した。言い出したら聞かない頑固さも、三反田の意外な特徴だ。私が折れるしかなかった。


「人と帰るなんて久しぶりー」
「えっ!そうなの?」
「うん。作、は中学入ったら部活とかで距離置くようになったし、他に友達もいないし」


しみじみと辺りを見回しながら呟く。あの大きな木は作がこっそり取ってくれては叱られていた美味しい柿の成る木。あの赤れんがの家の犬が狂暴で、追い掛け回される私を作がよく助けてくれた。何処を向いても何を見ても作を思い出してしまう。私の記憶には、作しかいない。


「円山さん、」
「…ごめんね」
「今日は何しても許すよ」


また涙腺が緩んできた私に三反田はにっこり笑い掛ける。女々しいとか、乙男とか色々言われている三反田だけど、実際の彼はずっと芯が強くてしっかりしている。私を包み込んでくれるこの笑顔も、柔らかい空気も、彼の優しさによるものだった。何も返せない私に与えられる、無条件の愛。


特に何を話すわけでもなく、幾分軽い足どりで進む。時折目が合うと、三反田はへらりと笑ってくれた。私がその笑顔に何度目かの苦笑いを返し、私の家がすぐそこに見えたとき、


「おーいっ!作!」


男の子の馬鹿でかい声が、閑静な住宅街にこだました。私の家の向かいの、作の家の玄関前に仁王立ちする彼は、確か。


「あれ、左門だ…」


隣で三反田が意外そうにぽつりと漏らす。そうだ、神崎くん。作が面倒見てるクラスメイトの一人。聞いた話によると、作の意中のあの娘と仲がいいらしい。作は今日部活を休んだみたいだから、何か連絡でもあるのかな。声に呼ばれて、制服のままの作が出て来る。雰囲気的に出て行く訳にもいかず、私と三反田は視線を絡めて暫く立ち止まることにした。


「どーした、左門」
「先に言っておく!すまん!」
「…何したってんだよ」
「叶子に作の気持ちを伝えた」
「へー…っはぁ!?」
「だから!作が叶子を好いてると教えたんだ」


途端に、私は固まる。わかってた事実でも突き付けられると痛い。がくがくと震え出した私の肩を三反田が優しく抱く。だけど私は我慢出来なくて足元のコンクリートに座り込んだ。朧げな視界はぐるぐる回って作を映す。作の顔は真っ青を通り越して真っ白だ。


「左門おめぇ…!何してくれんだよ!」
「勝手にしたことは謝る!だけど、作が先に行動したんだろ。曖昧なままにしてたら叶子が悩んで苦しんでしまう。だから、はっきりさせようと思って言った」
「……っ」
「それに作は妄想激しくてへたれだからな。俺がきっかけ作らないと思い切って動けないから」
「…左門、」
「なあ作。叶子も作に負けず劣らず心配性だから、きっと作の本音がわからなくて困ってる。俺は叶子が元気ないのを見たくないんだ。それに作がうじうじしてんのも」
「…わかっ、たよ」


いや、聞きたくない。耳を塞いでも聞こえてくるよく通る声は私の大好きな作のもの。でも、


「明日、百瀬さんに告白する」


どうしてそれは、私じゃないの?



それからのことはよく覚えてない。気付いたら家のリビングに居て、反対側のソファーに三反田が座っていた。心配をもろに表した、そんな哀しい表情で。


「円山さん」
「ごめんね三反田。私どうしてたのか、よく覚えてなくって」
「左門が帰って、作ちゃんが家に戻った後で、動こうとしない円山さんを抱えて、勝手にお邪魔しました」
「え、ほんとごめん!…重かった?」
「全然。何食べてるの?ってぐらい軽かった。ていうか自分の容姿には自覚あるんじゃなかったっけ?細いの、わかってるでしょ」
「まあ…でも三反田、華奢だから。危ういかなぁって」
「ばかにしないで。これでも男なんだから」


三反田が拗ねるのがやけにミスマッチで、私は声を立てて笑った。私、作以外の前でもこんな風に笑えるんだ。我ながら驚き。少しずつ、私も変われてるのかもしれない。そう思うと、沈んでいた気持ちも幾分か安らいだ気がした。


「そんなに笑わないでよ!…じゃあ、僕帰るね。明日もちゃんと学校に行きなよ」
「うん、色々とごめんなさい」
「謝りすぎだよ。僕たちは友達なんだから、もっと他に言うことあるでしょ?」


三反田が照れ臭そうに頬を掻く。私、作と同じ部活に入れなくて、がっかりしてた。でも今は違う。三反田に、出会えてよかった。


「ありがとう」


ねえ、作。私は、どうすればいいの。

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