この数日間で私の男という生物に対する認識は大きく覆された。何故かって。


「金吾くーん」
「あ、や、お、おう」
「何吃ってんの?」
「な、んでもない!おはよ、麻生」
「また苗字で呼ぶんだから。私にはレナっていう可愛い名前があるんだけどー」
「ああ、可愛い名前だと思う」
「…じょ、冗談で言ったの!」
「?」
「あーもういい!」


原因はこいつだ。先日の一騒動において、私は確かに彼に救われたし、好感を抱いたのも事実なので、早速仲良くなろうと感謝も込めて名前呼びに変えてみた。そしたら全く気の利かないウブな金吾くんは普通に苗字で呼び続けるし、それとなく気付かせようとしても真顔で褒めてきて照れるし、とりあえずやりづらい。男の子と話すのってこんなに労力使うものだったっけ。私が小さくわざとらしい溜息を零すと、金吾くんは「俺何かした!?」とわたわた慌て始めた。素直な反応は可愛いんだけど、私がイニシアチブを握れないのは面白くない。


「ね、金吾くん放課後暇?」
「部活が8時くらいまであるよ。大会前だから気合い入ってんだ」


金吾くんの頭には剣道のことしかないんじゃないのか、って最近思うようになった。私からデートに誘うことなんか滅多にないのに、それでも金吾くんは首を縦に振らない。最初は付き合ってあげようかな、程度の気持ちだったのに。今となっては私の方が必死に金吾くんを振り向かせようとしている。ああ、私らしくもない。


「麻生は部活やってないのか?」
「へ?当たり前じゃん。遊ぶ時間なくなるし、それに私団体行動とか絶対無理だもん。人に合わせるの、だいっきらいなの」
「はは、麻生らしい」


金吾くんの笑顔は気持ちがいい。団蔵みたいな豪快さはないにしろ、男らしくて凛々しい綺麗な笑い顔だ。止めようって思うのに、無意識に団蔵と較べる自分にどうしようもなく腹が立った。ったく私の中からさっさと消えてよ、馬鹿旦那。あの時すっきり整理したはずの気持ちは完全に消滅することなんかなくて、こうやって何度も私の頭に苦い記憶と共に甦ってくる。団蔵の幸せを祈ってる、ユウちゃんとも友達になれた。それなのに、私の浅はかな恋心はなかなか終わってはくれない。いつの間にか渋い表情になっていたのか、はたまた私からの反応がなかったからか、金吾くんは心配そうに私の名前を呼んだ。


「ごめん、なに?」
「いや、聞いてなかったならいいんだ」
「えーそう言われると気になるよ。なんなの?」
「…二度と言わない」


金吾くんはそう言い残して立ち去ろうとする。しかし逃がしはしない。話を途中で止められるなんて面白くないこと、私が許すはずがあろうか、いや、ない。反語。金吾くんのきっちりズボンに入れられたシャツ(この生真面目さも彼らしい)の下の方をぐいっと掴み、じゃれ合っていると、私たちを眺めていた女の二人組が陰口を叩きはじめた。いや目の前でこそこそ話してるんだから、陰口とは言わないけど。


「麻生さんってほんとよくやるよねー」
「しかも団蔵くんに手を出したと思ったら、次は皆本くんって」
「まあ団蔵くんの場合はただの気の迷いでしょ。今はユウっていう彼女がいるし」
「皆本くんも麻生さんに騙されてんだろーね」
「当たり前じゃん。じゃなきゃ、あんなのに構う訳ないもん!ほんと団蔵くんって馬鹿だよね」
「ねー!女見る目なーい」


ぎゃはは、下品な笑い声が響く。彼女らの悪口なんてよく浴びせられる類のものだったしどうでもよかったけど、団蔵まで貶られるのは筋違いだと思った。だから私なんて止めとけば良かったのに。私はいくら馬鹿にされても構わないけど、私の大切なものを侮辱するのなら話は別だ。一発どついたろか、なんて考えてたら、金吾くんがすたすた彼女たちに向かって歩いて行くのが見えた。


「何も知らないのに、よく好き勝手言えるな」


怒るわけでもなく責めるわけでもないのに、金吾くんの言葉は酷く彼女たちに響いたようだった。ぽかん、となる彼女たちを置いて、金吾くんは私の腕を引っつかみ、そのまま止まることなく進む。あれ、なんかデジャヴュ。


「金吾くん」
「………」
「金吾くん!」
「わ!お、俺勝手になにや、ってご、ごめ「ありがと、」
「え?」
「私の代わりに怒ってくれて、嬉しかったよ」


何だか変な感じ。こんなにすんなりお礼を言えたのは何時ぶりだろうか。金吾くんといると、私はひどく素直になってしまう。


「…いいんだ」
「でも、金吾くんまで悪く言われちゃうかもしれないよ?」
「知らないやつから何言われたって気にしない」
「それは、…そうだけど」


私は何を言ってるんだ。今までだってどれだけ陰口叩かれようと、全く気にしなかったじゃない。自分のことじゃないから気になるの?そうだ、金吾くんは私と違って誠実で真面目で人気もあって。だから、私と一緒にされて欲しくない。なのに私は自分から仲良くなろうとしてる。それは矛盾。それはどうして?


「それに…」
「それに?」
「男なら、好きなコ馬鹿にされて黙ってられるわけないしな」


そう言って金吾くんは照れ臭そうに、またあの笑みを浮かべた。胸の奥からとろとろに溶けたチーズみたいに、感情が溢れ出て来る。つっかえていた何かが、ようやく解けたような気がした。


「…金吾くん」
「な、ななに?」
「顔、真っ赤だよ」
「…〜〜っ!」


瞼の裏に焼き付いて離れない団蔵の笑顔が、金吾くんの赤い顔に代わる日も、そう遠くないのかもしれない。


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10000hit記念
金吾ということで
レナとのそれからを
書かせていただきました
若干団蔵気味ですみません
リクエスト
ありがとうございました

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