―あは、ここ何処だろう。


勢いに任せて学校を飛び出し、電車を乗り継いで、辿り着いた先は海だった。どんな青春漫画だよ、自分。次の電車は三時間後らしい。自嘲の笑顔を作ろうとしても、表情筋の動かし方がよくわからない。これと同じ気持ちを昔味わったことがある。ちょうどあの日、団蔵とユリちゃんのお付き合いを知った日だ。団蔵が女の子らしい彼女を選んだことで、男っぽい私は存在意義を喪失した。あの日以来伸ばしっぱなしの髪は今やチョコレートブラウンに染まり、砂塗れだった手にはピンクと白の凝ったフレンチネイルが我が物顔で鎮座し、小麦色だった肌はボディークリームと日焼け止めの二重の層に守られている。あの時の私と今の私は全く違うのに、やってることは変わらない。それまでの自分を全否定されて、子供みたいに拗ねている。何も、変わっていない私。


人っ子一人いない閑散とした海辺で、私の存在はどんどん希薄になる。繋ぎ留めたくて携帯を開いたけれど、電話帳に並ぶのは顔も名前も定かではないその場限りのオトモダチ。こんなところまで私を思いやって来てくれる人は誰もいないだろう。ああ、これが寂しいってことなのかなあ。ちやほやされて、男には困らなくて、沈黙を潰すように常に誰かと一緒にいたから、知らなかったよ。


これからどうしようか見当もつかなくて、とりあえず車道の横を来た道に沿って歩く。見事に誰も通らない。かんかんに照り付ける太陽が、容赦なく私の身体を脅かしていく。久しぶりに味わう日の光だった。


「あれ?レナさんじゃないですか?」


背後から聞こえてきたエンジン音に反射的に振り向くと、白のトラックのドライバー席には見慣れた顔があった。最近は目にすることも少なかったけど、特徴的な頬の傷は忘れることができない。


「清八さん…」


運転手は団蔵のお家で住み込み従業員をしている清八さんだった。なんでこんなとこに、学校は?至極当然な質問を投げかける清八さんを差し置いて、私は無理矢理助手席に乗り込んだ。


「清八さん、私帰りたいの」


清八さんは私の自分勝手な我が儘にもにっこり頷いてくれた。私にお兄ちゃんがいたら、こんな感じかもしれないな。





「だけどレナさん変わられましたねぇ…そのストラップがなかったら気付きませんでしたよ」


清八さんは私の携帯にぶら下がっているポニーのストラップを指差して照れ臭そうに笑う。これは団蔵が家族と従業員さんたちとでどこぞの牧場に行ってきたときのお土産だ。男勝りな私と、男癖の悪い私を繋ぐ唯一の糸。清八さんは、寂しげな表情でしみじみ呟く。


「でも安心しました。最近レナさん会わないから、元気でいらっしゃるか心配してたんですよ」
「…ごめんなさい」
「若旦那も、レナさんが遊んでくれなくなって寂しいっておっしゃってました」
「あは…それは、ないよ」


今度は上手く笑えた気がした。清八さんは何か思案しているようで、黙りこくる。古いせいか煩いエンジンの音が、二人の沈黙を補ってくれた。


「レナさん。私には詳しいことはわかりませんが、若旦那はレナさんのこと、ちゃんと大切に思っていらっしゃいますよ。私は男女の間に成り立つのは、必ずしも色恋だけではないと思います。家族愛も、兄弟愛も、親愛も、どれもかけがえのない大切な愛です。レナさんは、それでも恋じゃないと駄目なんですか…?」


ゆっくり諭す清八さんの声に、私はいつの間にか泣いていた。本当は、わかってたの。団蔵は私を利用しようとしたわけじゃない。自分を大切に出来ないで堕ちていく私を、皆本くんと出会わせることで救おうとしてくれたんだよね。馬鹿だからその方法はおかしかったけど、確かに団蔵は私を心配してくれていた。認めたくなかったのは、団蔵の一番になりたい子供染みた独占欲から。なんだ、一番ガキだったのは私だったのか。


「レナさん、」
「ごめんね、清八さん。私、視野の狭い子供だった。一つしか見えなくて本当に大切なものも見失ってたの。だけど、もう大丈夫。…私、団蔵の最高の幼なじみになるね」


清八さんは、私の拙い決意にまた笑って頷いてくれた。ちょうどその瞬間、ポケットの携帯から団蔵指定の着信音が流れ出す。清八さんと目が合って、悪戯っぽく笑い合った。うん、これが、私。


「もしもーし」
「レナか!?お前いま何処にいんだよ!金吾に聞いたらどっかに走ってったってゆーし!教室戻って来ないし!俺がどれだけ心配したと思って…」
「ごめんね、団蔵」
「そうだよ、ごめんって…え?」
「ユウちゃんと!幸せになってね!愛してる、団蔵!」


力の限り声を張り上げると、状況が飲み込めない団蔵は声でけぇよ!って全然関係ないとこで笑ってた。団蔵が笑うと嬉しくなって私も笑う。何だか随分久しぶりに、近くなれた気がした。



「ありがとね、清八さん!」
「はい。また遊びに来てくださいね」
「うん!そうする!」


清八さんに大きく手を振って、校門を潜る。そのまま家に送ってもらおうとしたら、荷物を学校に置いたままなのを思い出したのだ。仕方なくスリッパに履きかえて教室を目指すと、途中でにゅっと影が現れた。逃げ出す前、最後に見た皆本くんだ。そういえば彼にも謝らなくちゃいけなかったんだ。

「麻生さん」
「皆本くん」
「あ、えっとなに?」
「いや、そっちからどうぞ」
「俺はいいから、」
「私もあとでいいよ」
「「………ぷっ」」
「せーので言おっか」
「あ、あ」
「せーのっ」
「「ごめん!」」


二人の声が重なって、ついでに頭も同じ角度で下げたせいでぶつかる。皆本くんは予想以上に石頭だった。


「いったー…」
「ご、ごめん…!」
「だめ、許さない」
「えっ…!?」
「私は許さないから、皆本くんも私を許さなくていいよ。もう謝る必要もない。許し合ってなかったことにするんじゃなくて、覚えててほしいの。私がどんなにきたなかったか」


ずっと考えてた決意を皆本くんに話すと、皆本くんは不思議そうに頷いた。それに満足した私は、再び教室に向かう。何だか笑顔が自然に浮かんできた。学校ってこんなに綺麗なとこだったかな。不意に思いついて、まだ呆然としている皆本くんを振り返った。


「皆本くん!」
「なに?」
「ありがとう!これからは仲良くしてね!」


私がそう微笑むと、皆本くんは真っ赤になった。あれ、男前じゃなかったの?ウブなの直ってないじゃん。そのギャップが可愛く思えてきたあたり、私も少しは変われているらしい。明日からも、きっと私は毎日を楽しめる。だって私には、大切なものがたくさんあるから。


これが私の、ハッピーエンド。



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