「麻生さん…っ」


かったるい授業を終えて、コンビニに寄って雑誌買おうかな、なんて思案してるところに、声変わりを終えてるのか疑問なくらい高めな男の声がした。緊張してるのがもろに伝わってくる震える声。ローファーを取り出そうとした手を止めて、予想のついてる持ち主の方を見遣る。


「なに、皆本くん?」
「あ、あのさっ…今からちょっといいか…?」
「…ユウちゃんはいーの?」


いきなり核心を突いてやった。生憎私は他人の好意に気付かない天然じゃないし、全てを笑顔で受け入れられるほど寛容でもない。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い。その辺がえらくはっきりしている女だと思う。だから、彼のことも団蔵じゃない男、程度の分類しかできない。それより私が関わることで、彼等の仲が悪くなる方が痛手だった。


「あーユウは、その…」


上手く言い繕えない不器用さに、くすりと笑みが零れる。勿論楽しいからじゃない。こんな女にいちいち緊張してる皆本くんがおかしくて仕方がないのだ。彼は私の何を見ているんだろう。少しだけ、ほんの少しだけ気になった。


「いいからちょっと!」
「ひゃあっ!?」


驚いた。皆本くんのまめだらけの手が私の手首を掴み、ぐいぐい人気のない階段に連れていく。おどおどしてたくせに、突然の行動力はあるらしい。よくわかんない人。力で敵うはずもないので、観念してされるがままになった。高い位置にある頭をぼんやり見つめる。真っ直ぐ伸びた背筋、がっちりした広い肩、似てるようで団蔵とは全然違う、一人の男、だ。階段まで来たところで、そろそろいいだろうと緩んだ手を、力を込めて振り払った。皆本くんは自分がしたことに今気付いたように慌て始める。さーって青くなる表情は、あまりにも素直で面白い。


「わーっ!ごめ、ごめん!俺、な何やって…」
「いいから、用事なに?」


彼と青春群像劇を演じるつもりはない。出来るだけ威圧的に見えるよう、ぎろりと睨む。これだけでびびって嫌ってくれればいいんだけど、皆本くんは顔を赤らめて目を背けるだけに終わった。なにこいつ、痘痕も笑窪ってやつ?それから皆本くんは大きく息を吸い込む。やっと本題に入るらしい。


「俺さ、ユウと付き合ってはいるけどさ、麻生さんのこと…その、ずっと…あ、っと…」
「皆本くんは、ユウちゃんに悪いとか思わないんだ?」


不穏なムードになりかけたので、先制攻撃を打っておく。わざと浮かべる蠱惑的な笑顔と甘えた声、言わせはしないから。面食らった皆本くんは、それでもぼそぼそと言い訳を紡ぐ。


「ユウはさ、団蔵と付き合った方が、いいと思うんだよ。あいつといる方が楽しそうだし…、俺はユウを友達以上には思えない」


そんなの知ったことじゃない。あんたとあのコが仲良くしてくれなきゃ困るんだよ。


「ユウちゃん可哀相」


心にもないことを言って、皆本くんの反応を窺う。だけど彼は辛そうに眉を寄せて嘆息するだけだった。何て言うか…正直者。


「最低かもしれないけど、ユウは本当に好きじゃない俺といるより、幸せになれると思うんだよ」


あのコの本当の幸せなんか知ったこっちゃない、私は私の幸せしか興味ないの。だからやめてよ。邪魔しないで。間違った関係だとしても、今がベストなんだから。だって私、今までの人生で今が一番幸せだもの。


「ね、皆本くん。私のこと思いやるならユウちゃんと長続きしてね?」
「麻生さん…」
「悪いけど、私団蔵以外必要ないの。だから、私は今の状態をなるべく保っていきたい」


皆本くんは我がことのように悲痛な面持ちで私を見る。なんで、皆本くんがそんな表情するわけ?私は君のことも君の大切に想う彼女のこともないがしろにして、自分の幸せだけ追求してるのに。どうして、そんなにやさしいの?


「麻生さんは、それでいいのか?」
「っ…とにかく、ユウちゃんと仲良くしてよね。私の邪魔は絶対にしないで!」


踵を返して、足早にその場を立ち去る。これ以上、彼と同じ空気は吸えない。彼の周囲はきらきらした空気で浄化されていて、堕ちるとこまで堕ちてしまった私には息苦しかった。乱さないで、狂わせないで。私には団蔵だけいればいい。




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