「俺たち、付き合おうぜ」


十六年間、待ち続けてきた言葉。本来ならば、嬉しさのあまり死んでしまいそうなぐらい、欲しかった言葉。それなのに、私の頭を支配するのは絶望と軽蔑とそれから諦め。ねえ、団蔵。あなたはいつから、そんなひどい男になってしまったんですか。


異性として初めて意識したのは、中学一年の夏。あの頃の私は、団蔵の幼なじみをずっとやってたせいで男の子みたいな遊びしか知らなかった。周りの女の子が化粧や色恋に目覚めていく中で、私はサッカーやバスケなんかに明け暮れていた。男の子に混ざっても見劣りしない活躍をする私を団蔵はよく褒めてくれた。すっげーじゃんレナ!俺、お前と幼なじみなのがホコリだわ!って。いつまで経っても治らない馬鹿と日に焼けた顔に浮かぶ得意げな笑顔に、私は勘違いしていた。私は団蔵の特別なんだ。そんな子供じみた自信は、あの日脆くも砕かれることになる。


「レナって、団蔵と仲いいんだよね?」
「えーまあ、幼なじみだし」
「じゃあもう知ってるかあ。団蔵さ、ユリちゃんと付き合ってるんだってさ」


ユリちゃん。隣のクラスのちっちゃくて肌が白くて、私とは正反対の可愛い女の子だった。その友達に何て返したかは覚えていない。団蔵とユリちゃんは二ヶ月後に別れた。だけど、私はその後、二度と団蔵と遊ぶことはなかった。スポーツ万能で男勝りで、加藤団蔵の最高の親友である麻生レナはあの日消えてしまったのだ。




「レナー帰り暇?」
「んー、今決めてるとこ」


友達の声に適当に返しながら、送られてきたばかりの新着メールを開く。友達の友達の友達らしい近くの男子校の男の子から、ハリーポッターの最新作を一緒に観に行こうと誘われていた。別に彼と行く必要なんてないけど、映画代浮くし、ついでにご飯も奢ってもらえるし、断る手はない。好意は向けられているうちに最大限利用すべきなのだ。こういう男の子は見返りを求めてきた時点で切ることにしている。だって面倒くさいし、彼らと本気の恋愛するつもりなんて毛頭ない。


「レナ!聞いてんの?」
「聞いてるってば。今日は映画観に行くから―…」


廊下側の友達の席に視線を遣って、初めて違和感に気付いた。友達の隣に窓から顔を出している男がいる。紺に近い黒髪、だらしない格好、へらへら浮かべているのは人の良さそうな笑み。紛れも無く、かつて私の幼なじみであった加藤団蔵だった。偶然同じ高校に上がってからも、ろくに話もしない間柄だけど。友達がにやにやしつつ、私のところに寄って来て、耳元で内緒話を始める。


「レナー加藤君と知り合いだったなら教えてよ!」
「別に仲良いわけじゃないし」
「はい、うそ。加藤君、レナに話があるらしいよ」
「は?私ないんだけど」
「照れなくていいからー!」


この友達は私と同類のくせに、世話焼きなところがある。彼女は私の手にある携帯を指差し、「そんなのより加藤君取れよ」と忠告、いや命令した。せっかく可愛いんだから、その顔やめなよ。私が呆れて言うも、我関せず。彼女は自分の思うままに行動したあと、じゃあごゆっくりーなんて茶化しながら揚々と帰って行った。私は再び椅子に座り直して、携帯を開く。彼女の言葉に逆らっちゃいけないと本能で知っている私は、先程の彼に断りのメールを送る必要があった。まだ二回しかデートしてないんだから、フォローを忘れるわけにはいかない。


「相変わらずかよ、レナ」


近付いてきた団蔵が、私の手元を一瞥してうげえと眉を顰める。私は無言でメールを打ち続けた。ごめんね、また誘ってね、楽しみに待ってるから。なんて薄っぺらい言葉たちだろう。こんな女に構う彼が馬鹿なら、私はそれ以上の愚か者に違いない。こんなの無駄だってわかってるくせに、安堵と優越の沼に嵌まって抜け出せない、馬鹿なおんな。


「なんの用なの、団蔵」
「お前さ、そうやってる中に本気で好きなやついんの?」
「団蔵には関係ないでしょ」
「関係なくねーよ!」


団蔵の強い否定に、私は弾かれたように団蔵を見る。いつもとは違う真剣な眼差しに、きゅっと心臓を掴まれたような感覚がした。今更、何を言うの?私を先に捨てたのは団蔵じゃないか。それでも諦めることなんて出来なかった。他の男でいくら埋めようとしても、頭にはいつも団蔵の笑顔があった。団蔵もやっと気付いてくれたのだろうか。しかしそんな私の期待はあっさり裏切られることとなる。


「レナだから言うけど、俺いま好きなヤツいんだ。んでそいつは他の奴と付き合っててさ。だけどぜってー俺のが仲良いし好きだし、幸せにしてやれる自信があるんだよな。そこで俺考えたんだけど、俺が自分のものだっていう安心感があるから、あいつもどっちかを選ぶことをしないんじゃないかって。だからさ、」


団蔵が期待の篭った目で私をじっと見る。やだ、やだよ。


「俺たち、付き合おうぜ」


レナなら、嘘のお付き合いぐらいどうってことないよな?団蔵は私を馬鹿にしてる。なのに私は怒れなかった。泣けなかった。ずっと恋い慕ってきた男に利用されかけている辛さも、軽い女だと思われている虚しさも、今の私にはどうでもよくて。


「しょーがないなあ。幼なじみのよしみで付き合ったげるよ」


偽りでもいいから、私は赤い果実の甘さを知りたかったの。




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