新妻エイジ。その名を初めて見たのは手塚賞発表の誌面だった。同い年で、準入選。そのときは単純に驚きと尊敬しかなかったし、わたしが金のティアラ大賞を獲ったときには彼と同等だとさえ思いもした。だけど、実際の彼はわたしの何十倍も漫画が好きなだけの漫画馬鹿だった。好きなことをしてるだけ、動機が単純であればあるほど、懸ける想いは強くなる。わたしは彼に出会って知った。いまのわたしでは、エイジくんには遠く及ばない。長束さんのマンションにいる間一度だけ、彼から電話が掛かってきたことがある。エイジくんは馬鹿だけど聡い人だ。わたしが急に消えた理由も、さようならの真意も全て了承した上で、何も聞かなかった。だから、わたしたちは初めて腹を割って話をした。思ったこと、感じたこと、伝えてみようと思ったから。


「エイジくんはね、絶対に同業者と付き合わない方がいい」
「なんでです?」
「エイジくんが天才だから。エイジくんといると、自分が漫画を描く意味を見失いそうになってしまう。それはわたしの弱さだし、エイジくんの強さでもあるの」
「うぅん…よくわかんないですケド…その忠告は受け入れられません」
「どうして?」
「そんなことは自分で考えてください」
「なんかエイジくん意地悪ー」


そうやってけらけら笑うのも、すごく久しぶりの感覚だった。一言一言をやり取りするだけで楽しい。会話出来ることが嬉しい。それらは全部新妻エイジが教えてくれた感情だ。あれだけ考えても掴めなかった恋する気持ちが、今は手にとるようにわかる。エイジくんと話しているうちに一本のネームが仕上がった。長束さんが帰って来たら見てもらおう。新しいわたしの、初めてのラブストーリーを。


「エイジくん。わたしね、いま描きたい漫画があるんだ」
「そうですか。それは素晴らしいです!ぜひ読みたいです!」
「…きっと連載もらってみせる。だから、エイジくんにも本誌で読んでほしいの」
「…見せてくれないです?」
「うん、わたしじゃなくて、漫画家の春日居梓として読んでもらいたいから」
「…わかったです!楽しみに待ってます!」
「ありがとう、じゃあね」


この約束は、わたしたちを繋ぐ赤い糸。きっと、すぐに手繰り寄せられるものだと信じてるから。


全部してあげる



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