カーテンの隙間から朝日が漏れてくる。いつの間にか朝が来たらしい。リビングのソファで三角座りしたまま眠り込んだのだろう、少し肌寒く、声を出してみたらガラガラだった。テーブルの上に出しっぱなしの携帯の着信ランプが光っている。もしかして、エイジくんかもしれない。期待を込めて開いた画面に映ったのは長束裕美子の文字だった。




「…お久しぶりです」
「ええ、まったくね」


漫画を描かなくなってから、長束さんにネームを見せに行くこともなくなったので、会うのは久しかった。何度か入ったメールも無視していたので若干気まずい。既に会う約束を取り付けられて、こうしてファミレスに来てしまっている以上、逃げようもないけれど。挨拶をすると長束さんの柳眉がぴくりと上下する。やっぱり怒っているようだ。


「連絡も寄越さないで、あなた一体何やってたの?」
「正直に言って怒りません?」
「もう怒ってるわ」
「………」
「嘘よ。埒があかないから早く言いなさい」
「…メシスタント、を」
「ああ、服部から聞いたわ。お隣りさんがあの新妻エイジだったんですって?それで男の世話に夢中になって自分の漫画がどうでもよくなった?」
「ち、違います!…漫画は、描きたいんです。でもエイジくん見てたら自分の才能の無さに気付いちゃって、そしたら描くことが怖くなって…自分の描きたいもの、描けるもの、それがわからなくなってしまいました」


長束さんは細長い指で煙草を支えて悩ましげに息を吐く。二十代後半、まだまだ色香と若さが混ぜ合わさった蠱惑的な姿態だ。金のティアラ大賞の賞品であった二年間の集英社との専属契約で知り合ってから、長束さんは公私含めて人生の先輩として大いにアドバイスをくれた。その協力に報いたくて連載が欲しかったのに、いまはそれさえも忘れていた。


「ふぅん…わかったわ」
「えと、何がですか?」
「あなた私の家に泊まりなさい。そうね…二週間もあればいいでしょ。少し離れてみたら、きっと何かに気付くはずよ」
「…ありがとうございます!」
「漫画家に漫画描いてもらうのが編集の仕事だもの。当然よ」


不敵に微笑む長束さんはとても綺麗で、この人でよかったと心からそう思えた。




マンションに戻って長期旅行用のトランクに服やら勉強道具やら生活用品やらを詰め込む。何度も注意したおかげで隣の部屋からの音洩れはなく、静かな午前の空気が漂っていた。それが無性に寂しい。携帯を取り出して、エイジくんにメールを打つ。いつ見るかは全くわからないけれど、きっと雄二郎さんからの電話を受けたときに気付いてくれるだろう。会えないのは寂しい、あの顔が見たい、この気持ちは何と名付けられるのか。離れている間に、この難問が解けるといい。わたしはこの時間は高校にいるはずの彼に向けて、万感の想いを込めたメールを送った。


件名:新妻エイジさん
本文:さようなら。


足跡を消してあげる



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