「俺はよぉ…女の好みとか全くわかんねェから、お前の好きなやつを勝手に選んでくれ」


一緒に来た意味、あるだろうか。いや、わたしが適当に見繕って買って、請求書を静雄さんに持って行けばよかったような気がする。なぜ命の危険を冒してまで、二人で買い物などしなくちゃいけないのか。しかし、バーテン服を脱いで普通の格好に身を包んだ静雄さんは、道行く女性も家具屋の店員も思わず振り返ってしまうぐらい格好良い。そんないい男を引き連れている状況は、何となく気分の良いものだった。うん、無意識に流れる冷や汗は見ない振りだ。なるべく早く切り上げようと、入口付近のお値段据え置きの一人暮らし用のテーブルを指差す。


「あ、これでいいです」
「あぁ?」
「え!これでも高いんですか!高いんですか!?」
「いや、違くてよ…その大きさじゃ俺と幽が座れねェだろ」


わたしの家具の購入に彼らを考慮する必要があったとは初耳だ。正直な反応としては、いや知るかよ。なわけだが、あの恐怖を何度も味わったわたしがそんな真似出来るはずがない。大人しく二、三人向けのテーブルを探そうと決心したところで、新たな災厄が頼みもしてないのに訪れてしまった。


「あれ?なんでこんなトコにいんの?…しーずちゃん」


語尾にハートマークをわざとくっつけているような声。池袋に少しでも慣れ親しんだ人間ならば、彼と平和島静雄のことを知らないやつはいないだろう。それにわたしは静雄さんと同じ高校に進んだ友達から数々の武勇伝?戦闘記録?を仕入れている。


「へー…シズちゃんがデートなんて、これは面白い現場に出くわしたもんだ」
「デッ…デート!?滅相もないです!静雄さんがわたしみたいな凡人なんかとデートする訳無いじゃないですか!」


しまった。気付いたときにはもう遅い。彼――折原臨也は面白い玩具を見つけた子供のようににやりとほくそ笑む。無反応を決め込むつもりだったらしい静雄さんから殺人的な視線が送られてくるが、今はそれどころじゃない。対峙する折原さんは鬼の首でも取ったような勝ち誇った表情。すみません、負けました。


「俺は君を知ってるよ。四ツ谷ささめちゃん。さしずめ常人から掛け離れた凡人ってところかな。いずれにせよ面白いね」


なにこの人怖い。静雄さんに感じる恐怖とは、また質の異なる恐ろしさがわたしの背中をつうと撫でる。どうしてわたしはこうも変な人を引き付けてしまうんだろう。自らの不運を歎いてみても、現状は変わらない。ここはとにかく、穏便に。迅速に。


「静雄さんッ!あの白のテーブルお願いします!わたしの住所に宅配で!あ!それでは用事を思い出したので失礼します!ありがとうございました!」


逃げた。脱兎なんてもんじゃない、脱チーターだ。ちなみにチーターの方が速いだろうというわたしの浅い見識に基づく例えであるので、真偽は定かではないので注意してほしい。窮鼠猫を噛むとも言うし、追い込まれた圧倒的弱者は時に思いも寄らない力を発揮するのだ。そんな火事場の馬鹿力の結果。


「あれ?俺…っていうかシズちゃん逃げられちゃった?」
「…うるせェ」
「へー彼女なのに逃げちゃうんだー?よっぽどシズちゃんとのデートがつまんなかったんだねぇ」
「うるせェッ!臨也!」


後に池袋事変と呼ばれるような大惨事がこのとき引き起こされたとは、当時のわたしには知る由もなかった。

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