「…美味ぇ」
「め、滅相もございません」
「なんでそんな距離あんだよ」
「いえ、静雄さんのパーソナルスペースにお邪魔するわけにはいきませんのでお構いなく!」
「…………」


冷蔵庫の残り物で作ったチャーハンをレンゲで掬い口に運ぶ動作を繰り返す静雄さんと、昨日の余り物のほうれん草の白和を黙々と食べる幽、座布団の上で落ち着かずに挙動不審なわたし。傍から見たらなんとシュールな光景だろうか。出来ればわたしもそっち側に行きたかった。当事者って辛い。あ、でも幽がご飯を食べてる姿って小動物みたいでかわいいなあ。さしずめ静雄さんはライオンか虎だろう。わたしは餌を与える飼育係になった錯覚を覚える。まさに命懸け、という点ではサーカスの猛獣遣いかもしれない。わたしが、がくがくぶるぶるしているうちに、二人の前のお皿は空っぽになっていた。満腹かどうかは知らないけど、この間親から送られてきた梨があるのを思い出し、剥いて来ようと席を立つ。幽の視線が追ってきたので「梨持ってくるね」とだけ返した。頷く幽。最近やっと無口な幽との意思疎通が図れるようになった気がする。きっとわたしたちの同級生も、羽島幽平のファンも、彼がこんなによく食べるとは知らないはずだ。それを思うと少しだけ変な優越感に充たされる。いつぞやの幽の微かな(洒落ではない)笑顔を思い出すと、口許が自然に緩んでしまった。


「梨どうぞー」
「おう」
「…どうも」


シャリシャリ。それにしても二人ともよく食べる。丸々二個剥いた梨がみるみるうちに二人の口に吸い込まれていった。わたしなんかまだ一切れしか食べてないのに。二人のフォークを動かす手は止まらずに、最後の一切れに二人の刃先が同時に刺さった。落ちる沈黙、重なる視線。お互いに譲らずに覇気のない睨み合いを続ける。


「兄さん」
「幽」
「これ、俺の」
「違ェ、俺のだ」
「弟に譲ってよ」
「兄貴に譲れ」


わたしに譲れよ。とは口が裂けても言わない、言えない。本来わたしのものであったはずの梨は、出した瞬間から彼らのものになったようだ。なんて不条理な世の中だろう。遠慮という言葉も謙虚という態度も知らない、本当に日本人なのか疑いたくなるぐらい慇懃無礼な彼らにわたしは呆れるしかできない。普通そこは持ち主に譲るだろうが。


「俺のだよ」
「いいや俺のだ」
「ささめは俺のために剥いてくれたんだから」
「こいつは俺に食わせようと剥いたに決まってんだろ」


あながち間違ってはないけど、何か違う。わたしも食べたかったからだよ、一切れしか食べれてないけど。っていうか幽にさりげなく名前呼ばれた。名前も知ってたのか、とびっくりしている間に静雄さんのこめかみがぴくぴく痙攣を始める。こんな狭いワンルームの部屋で暴れられたら堪ったものじゃない。わたしは二人を落ち着かせるために、


ぱくり。
むしゃむしゃ。
ごくん。


「やっぱり実家の梨が一番美味しいです!みずみずしさが違うっていうか……あれ?」



次の週末は静雄さんと家具屋を回ることになった。資金は幽が出してくれるらしい。思いつきの行動はやめよう、わたしは何度目かも忘れた忠告を、叩き壊されたテーブルを見ながらもう一度頭に叩き込んだ。



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フライングだけど
きよちゃんに
ハピバ&二万打おめでと!
反応されるとすぐに調子乗る
雛子であった…(笑)

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