かくかくしかじか、深夜のコンビニでスマッシュブラザーズも霞む大乱闘(ただし一方的)が起こりそうになった経緯を平和島くん(弟)に話すと、彼は予め解っていたかのように頷いてみせた。わたしの生命の危機を前にしても眉一つ動かさない平静ぶりが憎い。命の恩人に対して、これは完全に八つ当たりだけど。


「平和島くんさぁ…」
「あぁ?」
「い、いえお兄さんではなくて!くん付けなんて滅相もございません!」
「ややこしい。さっきは幽って呼んでただろうがよ」
「あれは言葉の文です!」


早くこの人帰ってくれないかな。わたしのささやかな希望とは裏腹に彼らは仲良さ気…にも見えないけれど、彼らには最大限であろう親しさで二言、三言語らっている。今日もご飯を一緒にとるつもりなのか、平和島くん(弟)に尋ねようとした瞬間にこれだ。平和島静雄は未だ沸々と込み上げる怒りを抑えきれずにいるのかもしれない。空気は読むものじゃなく吸うものだ、とでも言いそうなぐらい空気を読むという行為を知らない平和島くん(弟)は、兄の様子も露知らず、わたしに向き直って口を動かす。


「幽でいい」
「は、い?…かすか?」
「それで、いいから」


突然の呼称変更イベントだが、神出鬼没な彼相手では突然が通常なくらいなので今更驚きはしない。それよりも驚愕、というより困惑に値したのは彼の兄から上がった声だった。


「…で、俺は何て呼ぶんだ?」


今後二度と会いたくないので名前を呼ぶこともないと思います。そう言えたら、どんなに良かっただろう。現時点で平和島静雄は昔の恩人の印象よりも怒らせたらヤバい人、というイメージの方が強い。係わり合いになりたくないのが本音だけど、それを口に出せるほど勇敢な心を持ってはいなかった。長いものに巻かれろ主義でごめんなさい。


「へ、平和島さんとか…」
「却下。呼びにくいだろ」
「静雄、さま?」
「ナメてんのか…?」


正解がわからないまま、平和島静雄のこめかみの青筋はどんどん増えていく。何を言っても気に障るなら、わたしは一体どうすればいいんだ。狼狽えるわたしに、幽がこっそり耳打ちする。端正な顔がすぐ隣にあって思わずどきりとするのに、幽は平常通りに要件だけを告げた。全く心臓に悪い兄弟である。わたしが何をした。


「し…静雄さん!」
「お、おう」
「静雄さんも!一緒にご飯どうですか!?」


一瞬固まったあと、静雄さんは顔を逸らして頬を掻きながら「おう」と短い返事をした。うっすら頬が赤いような気もする。年下の女にやり込められて悔しいのかもしれないが、キレないのならこちらとしては万々歳だ。幽の言った通りにしただけでこんなに上手くいくんだから兄弟の理解とはすごいものだなあ、とアホみたいにひたすら感嘆するわたしだった。



三人並ぶ、無言の帰り道でふと気付く。まずいもの作ったら、殺されるんじゃないだろうか。不安に駆られて振り返った幽は、何にも考えていない表情で楕円の月を眺めていた。

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