「…あ」
「あ?なんだお前…」


ギロリ、と熊でも殺せそうな目つきでわたしを睨むのは、かの有名な平和島静雄。池袋で最も恐れられている男だ。馴染みのバーテン服を長身の体躯ですらりと着こなし、煙草を箱買いする姿すら、えもいわれぬ色気に満ちている。わたしが声を思わず上げたのは、最近我が家に出入りしている某アイドルの発言を思い出したからだったのだけど、そうとは知らない平和島静雄には喧嘩を売ったのだと勘違いされたようだ。正直怖い。そして彼ら兄弟は図ったかのように、店内に人っ子一人いない時間にやって来る。やばい、逃げられない。この場合、たとえ誰かがいたとしても逃げられないという結果には変わらない、という突っ込みはスルーさせてもらおう。とにかくわたしは敵ではない、とアピールする必要がある。


「…そ、それ、弟さんからのプレゼントですよね」
「あぁ?なんで知ってんだ」
「平和じ…幽くんが、言ってましたから」
「お前…幽の知り合いか?」


ふるふる震える手で彼のバーテン服を指しながら搾り出した声は、どうやら平和島静雄の関心を惹いたらしい。一瞬にして殺気がなくなり、まるで弟の友人を可愛がる兄のように―実際そうではあるのだが、この言い方には語弊がある―目尻を緩めてわたしに問う。慌てて頷くと、その柔らかさは一層濃くなった。


「そっか…あいつにも友達がいたのか…にしてもお前、どっかで見たような気がすんだけどよ」
「え、…そ、そうですか〜?」


ここはしらばっくれるに限る。あの恥ずかしい過去をこれ以上ほじくり返されるのは心外だ。あのとき、平和島静雄はわたしの必死な弁解に「お、おう。気をつけろよ」と微妙な返答をしてそそくさと帰ってしまった。ちなみに平和島くん(弟)は兄に引きずられながらいつもの無表情を掲げていたけれど。あの事件での一番の被害者は、こんな女にちょっかいをかけたばかりに全治三ヶ月の怪我を負わされたストーカーの方かもしれない。


「お前、野球部か?」
「いえ、ずっと帰宅部です」
「だよなぁ…でもお前の顔見てたら、何でかバットが浮かんでくんだよ…何でだ?」
「さ、さあ…」


どんだけ武器がバットの女子中学生が印象深かったんだよ!と言えるはずもなく、わたしは首を横に倒してみせる。わたしは中高共にGHQ、つまりGo Home Quicklyを信条とする由緒正しき帰宅部だったのだ。あの一回を除いて、バットなんて握ったこともない。あれ、なんか卑猥かも。


「…あ、お前あんときのやつだろ。ほらストーカ「ありがとうございましたまたのお越しを!」


ごつん、なんて言葉じゃ表しきれない程鈍い音がした。勢いよくマニュアル通りに下ろしたわたしの頭と、サングラスを外して覗き込んだ平和島静雄の頭が見事に衝突したのだ。痛い、しかしそれ以上に、怖い。暖房が効いているはずの店内の空気が三度くらい下がった気がした。地獄の底から響くような低音がわたしの鼓膜をびりびり震わす。


「…俺は、お前のストーカーか?」
「ち、ちちがっ違います!ただ勢い余ってごっつんこしちゃっただけなんです…!」
「ごっつんこなんてかわいらしいモンじゃなかったよなぁ?お前、死にてェのか?」


弟の友達、キレた平和島静雄にはそんなカテゴリーは存在しないらしい。わたしは無謀にも平和島静雄に挑んだコンビニ店員として明日の朝刊の片隅に載るのだろうか。いや、彼の暴力行為など日常茶飯事すぎて、取り上げられることもないかもしれない。彼の拳はもはや目の前に迫っている。死にたくない、死にたくない!


「何してるの、兄さん」


ぴたり、その声でわたしの鼻先で拳は止まる。恐る恐る入口を見れば、相変わらずの無表情を携えた平和島くん(弟)が立っていた。安心したわたしは、拳を降ろす平和島静雄にこれだけは言いたかった。女の子の顔を狙うな。

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