目が覚めると、わたしはソファーの上で横になっていました。誰が掛けてくれたのか、二枚の毛布がわたしの身体を包んでいます。ふわりと果物の香りがしたその時、キッチンの方からがさがさ物音がしました。ひょっとして不審者かもしれない、わたしの心臓は警戒心で早打ちを始めます。


「おーマホ起きた?」
「え…お兄ちゃん!?」
「ただいま!いやー黙ってエジプトとか行ってごめんな!」
「エジプトにいたの!?」


二ヶ月前より日に焼けた兄は、にかりと歯を見せて笑います。その笑い方はやっぱり兄のままなので、わたしは少し安心しました。


「つかお前一人だったのにプリンだのアイスだの食い過ぎだろ。まさか…男連れ込んでたのか?」
「え、そんなわけないじゃん。ずっと一人だったよ!」


自分のことなのに、その言葉に何故か違和感を覚えました。わたしは一人で、この二ヶ月間を過ごしたのでしょうか。振り返るとあやふやだけど、そんなに寂しくはなかったような気もします。大人になった証なのかもしれません。


「しかもソファーで寝てるし。風邪引くぞ!ん?そんな色の部屋着持ってたかお前…っといけね。二ヶ月ほったらかしだったからなー…久しぶりに歌作ってやろう」


兄はそう言ってPCの電源を入れます。あのよくわからないソフトで作曲するのでしょう。興味もないから、尋ねたことはないけど。兄にカフェオレを煎れてあげようと冷蔵庫を開くと、濃縮還元のオレンジジュースの1リットルパックが鎮座していました。こんな酸っぱいやつ、誰が飲むんでしょう。しかも量多すぎです。


「マホー!たまには俺の名作を聴いてくれよ!」
「お兄ちゃん国語苦手だから、歌詞めちゃくちゃじゃん」
「うっせー曲と声はいいから聴けるレベルだっつの!ほら大音量で流すからな!」
「はいはい」


こんな兄だけど、音楽と情報技術だけは群を抜いて優れています。兄が言うならそれなりのレベルなんだろう、そう結論してケトルに水を貯めながら、PCから流れ出る歌に耳を傾けました。アップテンポのイントロ、まあ悪くはないです。肝心の声が、次の瞬間にわたしの全神経を奪っていきました。





「な?いい曲だろ?俺の自信作No.1なんだ、…ぜ」


兄がキッチンに立つわたしの方を振り返って、自慢げに胸を反らせたまま固まりました。口をぽかんと開けた姿は少し滑稽なはずなのに、わたしはぼんやりとしか見えません。


「ど、どーした!?そんな感動的だったか?いやでもこれ明るい曲のはずなんだけどな…」
「へ、え?わたし、」


わたしは泣いていました。この感覚も懐かしいものではないような気もします。泣くのなんて小学校以来のはずなのに。先程の曲、いや声がわたしの鼓膜に焼け付いて離れません。ずっと、探していたものに出逢えたときのような興奮、感動、高揚感。その声は誰?わたしの口はひとりでに動いていました。


「前から話してただろ?ボーカロイド!これは鏡音リンとレンのパートを合わせたやつ」


鏡音リン。
鏡音レン。
それからわたし。
三人の寂しさは
融けてひとつになりました。


と或る一日の話をしよう

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