「ちょっと、マホ!わたし濃縮還元のオレンジジュースじゃないと飲まないって言ったよね!?なんで果汁3%なわけ?」
「別にどっちでもいいじゃない。一人暮らしの高校生に贅沢言わないでよ」
「いーやー!わたしはあの濃さが好きなの!すぐに買って来て」
「えー…せっかくの日曜日なんだからゆっくりさせてほ」
「ん?」
「…今すぐ買ってくるね」
「わーい!ありがと、マホ!だーいすき」
「は、はは…」


ご紹介遅れました。わたしは尾上マホ、両親の海外出張により築五年のマンションで一人暮らしを営むしがない女子高生です。たった今、熊でも殺せそうな視線でわたしを睨んだのが、鏡音リン。大学生の兄が買ってきたボーカロイドとかいうPCのソフトのはずだったのに、いつの間にか実体化し、わたしの日常を確実に変容させています。ラベンダー色のルームウェアに包まれた真っ白な素肌や、宝石の輝きを湛えた瞳など可愛らしいポイントはいくらでも見つかりますが、それと同じくらい性格に難があるのです。何と言っても、我が儘すぎる。マイホームのはずなのに、気付けば家主のわたしは彼女の言うがままに動かされています。それでも逆らえないのは、一部には見知らぬ世界に来てしまった彼女に対する同情のような感情のせいではありますが。


「マホ、一人で大丈夫?僕も行こうか?」


こちら側に来たのは件の彼女だけではありませんでした。双子の弟という立ち位置らしい彼、鏡音レンもまた、わたしのマンションに住んでいます。こちらの彼は人当たりもよく、何よりわたしを気遣ってくれる優しいいい子です。少々気の弱い面もありますが。


「ありがと、レン。コンビニまでだから平気だよ。レンはリンの相手しといてー」
「でも…」
「レーン!どこいるのー」
「ほら、リン呼んでるから」
「…う、うん。気をつけてね」


レンはたった一人の姉には滅法弱いのです。もちろんそれは家族愛と呼ばれる尊い感情であります。わたしには上の兄しかいませんが、大層手のかかる兄だったのでレンの苦労はよくわかります。少し憐憫を滲ませた生暖かい目でレンを宥め、わたしはストラップシューズの留め具をぱちんと留めるのでした。





まさか、三軒回ってオレンジジュースが見つからないなんて誰が予想したでしょう。もちろん普通のジュースならばあるにはあったのですが、彼女が求める濃縮還元の濃いやつではありませんでした。四軒目のコンビニでやっと目的の品を見つけ、手を伸ばした瞬間、通路の向かい側から唐突に声を掛けられました。


「あ、マホちゃんだ!」
「ミクちゃん…とカイトさん」
「やぁ、またお使い?」


ツインテールを楽しげに揺らし、満面の笑顔で走ってくるミクちゃんと後ろから苦笑気味にゆっくり歩いてくるカイトさん。二人とも鏡音姉弟と同じようにボーカロイドで、わたしの親友の家に身を寄せています。同い年のミクちゃんとは仲良しで、カイトさんはわたしの兄と同じで目が離せない存在です。カイトさんはわたしの手元を見て、それを欲する人物に思い当たったようで、再び苦笑いを浮かべました。


「リンちゃんは本当にオレンジジュースが好きだねぇ」
「ね、こんな濃いの酸っぱくていやじゃないのかな」
「そこがいいんじゃないの?」
「えー…わっかんないな」
「おぉっ…!ハーゲンダッツの新作があるじゃないか!」
「カイトくーん。アイスはスーパーで買った方が安いよう」
「そうか!じゃあ、あとでスーパーに絶対に寄ろう」
「はいはーい」
「…わっかんないな」


ボーカロイドの人たちというのは、何かしら大好物があります。所狭しと並べられたアイスに興奮しているカイトさんを呆れて見ているミクちゃんだって、ネギを前にすると我を見失うくらい夢中になってしまうのです。レンはバナナで、リンはミカン。他にも何人か実体化してしまったボーカロイドはいるようですが、わたしは会ったことがないので知りません。


「ねーねーマホちゃんもスーパーにご一緒しない?」
「日曜日は四割引だよ」
「うーん、そうしよっかな」


それならばコンビニで500ミリリットルの紙パックを買うより、スーパーで1リットルのを買った方が断然安いのです。ミクちゃんに腕を引かれながら四軒目のコンビニを手ぶらで後にしたわたしはふと、要領悪いなわたし…と一人反省するのでした。


白い夢の跡と七番目の朝

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