何故死にたいのかと問われれば、生きたくないからだと答えよう。つまりはそんなちっぽけな感情も、ごく自然に相対的なものでしかないのだ。わたしには何かが欠けていた。それは普通な女の子なら持つはずの、美味しいものが食べたい、可愛い服が着たい、格好良い彼氏が欲しい、などという願望の源。今まで積極的な欲を持てた試しがないのはそのせいだ。食べたくない、どうでもいい、要らない。いつだって否定の形で終わる問い掛け。わたしは生きているようで、生きてはいなかった。
「もう一度訊くよ、」
アフロくんの宝石みたいにきらきら光る眼ん玉がわたしをじっと映す。綺麗な彼の眼球越しに見るわたしは、いつもよりマシに見えた。これも相対的な評価だけど。
「「どうして死にたいのか」」
わざと声を揃えて言ってあげた。瞠目するアフロくんを確認して、出し抜いた優越感に口許がほんの少しだけ緩む。こんなこと、するのは生まれて初めてだ。以前のわたしならば呆れていたことも、今は純粋に嬉しいと思う。やっぱり、わたしは変わった。
「生きたくなかったから。ずっと、苦しかった。どうして誰も疑問に思わずに、楽しいことだけで生きていけるんだろう。わたしは怖かったの。こうやって何気なく流れる時間があとどれくらい続くんだろう。いつか死ぬのに、笑うことに何の意味があるのだろう。そう思ったら笑えなくなった。生きるのが面倒になった。だけど、死ねる勇気もなかった。本当はただ駄々をこねていただけかもしれない。たくさんの人がいて、一人がいなくなってもみんなは生きていける世界で、わたしを見てくれる、たった一人を探していたのかもしれない」
「…そう」
かなり恥ずかしいことを喋ったのに、アフロくんの反応が薄いから余計羞恥が増す。自分から訊いといてそれはないだろう。いや、他人に期待するのが間違っているか。所詮、わたしたちは別のものなのだから。
「だったら…」
「え?」
ふて寝してやろうとバスの屋根に寝そべったところで、アフロくんの長い指がわたしの髪を掬った。反射的に身構える身体にくすりと笑みを落とし、ゆっくりとアフロくんの端正な顔が近づいてくる。一体どうしたと言うのだろう。怪訝に思っているうちに、アフロくんの唇はわたしのにくっついていた。ぽかんとするわたしにお構いなしで、触れるだけのそれを二、三度繰り返して離れていった。驚いて声も出ない。
「その一人は、僕しかいないね」
完璧な笑顔でおっしゃるものだから、ぐうの音も出なかった。どうあっても、この自称神様はわたしを救うつもりらしい。わたしは引き攣る頬で不器用に笑顔を作ってみる。心は穏やかで、暖かく、まるで春の海のようであった。生きていたい、出来ればこの人と。