「あの、タオル、どうぞ…」


恐怖で震えそうになる躯を必死で抑えて、目の前の目付きの悪い短髪の男の子にタオルを差し出す。名前は紹介されたのだろうけど、覚えていない。わたしの頭は都合よく出来ているから、余程の衝撃を伴わないと記憶してはくれないのだ。本当なら少しでも面識のあるエンドウくんに渡したかったけれど、彼には今秋ちゃんがふかふかのタオルを手渡している。わたしは他人には興味が薄い代わりに、空気には敏感な方だと思う。秋ちゃんと夏未さんは、エンドウくんを特別な目で見ている。勿論仲間を思いやる気持ちに上手く包まれてはいるけれど、見え隠れする愛おしさはそういう感情から来るもののはずだ。


「ああ、ありがとな」


男の子は短く礼を言うと直ぐさまベンチに向かう。ハードな練習に疲れているのだろうな。そう思うと彼らの情熱も羨ましく感じた。数人に渡しただけでまだ腕の中には何枚ものタオルが残っているのに、わたしは既に疲弊感と達成感で充たされていた。十分がんばった気がする。精神的な疲労による過労死は美しくない…これは言い過ぎか。


「ウチにも一枚貰える?」


今度はあっちから声を掛けてくれた。高いきゃぴきゃぴした声は、ギャルっぽいリカちゃんのもの。こんなとこじゃなかったら、きっとお互い認識すらしないままだったろう。だって生きてる世界が違いすぎるもの。わたしとはまるっきり違うこんがり焼けた肌も、気合いの入ったメイクも、外見に気を遣う姿がとても女の子らしい。


「はい、リカちゃん」
「おおきに!ほーらダーリンもはよ貰っとき!汗はきっちり拭いとかんと風邪引くでー」
「あ、ああ、わかってるよ」


リカちゃんの後ろから顔を出したのは、リカちゃんのダーリンくんだ。本名なんてものは知らない。呼ぶ機会なんて一生訪れないだろうから、別にいいと思う。わたしはそのダーリンくんにも一枚渡した。受け取る手が震えていたので、思わず首を傾げてしまう。腕を酷使して痙攣しているのだろうか。わたしの朧げな記憶ではキーパーはエンドウくんからタチムカイくんに代わったとの話だったけれど。彼らの今後に関してはどうでもいいものの、宇宙人に侵略されては望むような最期は得られないだろう。だから、彼らの勝利を一応は願っている。ダーリンくんの頬は赤みを帯びているし、風邪でも引いたのかもしれない。彼は攻撃の要、なはず。彼の不調は敗北に繋がるに違いない。覗き込んで視線の落ち着かないダーリンくんの目をじっと見つめる。やはり、長い睫毛が震えた。


「具合、悪いなら秋ちゃんたちに診てもらった方が…」
「え、いや!全然、大丈夫だよ!」
「でも、痙攣して」
「だ、大丈夫だから!…タオル、ありがとう」


ダーリンくんはきらきら周りに星が飛んでそうな笑顔を浮かべ、二本の指をぴんと伸ばして意図のわからないポーズを作った。恥ずかしげもなくそんな姿を晒す彼に、ああ元気なんだな、と一安心する。残りのタオルは一枚。仕方ない、アフロくんにあげよう。未だグランドでシュート練習をしているアフロくんの下へ歩を進めた。


「ダーリン?どないしたん?」
「緊張…する、んだ…」
「確かにあの子ようわからんとこあるけど、ええ子やで?」
「…そういう意味じゃない」


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一之瀬くんを出したのは
ただの趣味です

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