ごくり、と生唾を呑む音だけがリアルに響いた。わたしの眼前に晒け出された、日に当たってるくせにちっとも焼けない病人のような青白い腕。キリキリ、カッターの刃が顔を出す。あとはこれで傷を付けるだけ。その後、血が固まらないように水を出しっぱなしの蛇口の真下に腕を持って行く。深く深くえぐれば、出血多量で死ねるかもしれない。ああ、やはりカッターでは力不足だろうか。だけど包丁を持ち出したら、きっと春奈ちゃんたちに止められてしまう。我慢しよう。


「声が掛かっているよ、マネージャー」


瞬時にわたしの手からカッターを抜き取り、アフロくんは涼しい声音でそう言った。どうしてこうもタイミングが悪いのか。顔に出ていたらしく、アフロくんは長い髪を耳に掛けながら「君のことをいつも見ているからね」と笑った。彼の容姿がなかったら、即通報していたところだ。母親に感謝しろ。世界は均整のとれた美しいものに優しく出来ている。だからこんなにも生きづらい。


「マネージャーって呼ばないで。アフロくんが勝手に連れてきたくせに」


わたしは宇宙人やサッカーどころか日常の全てに関心が薄かった。毎日、どうやって死ぬのが美しいかについて悩む日々だったのだ。最期くらい綺麗に飾りたい、というわたしの精一杯の人間らしさを理解してほしいとは思わないけど。それなのに、アフロくんが突然このイナズマキャラバンにわたしを引っ張ってきた。「僕の友人で、マネージャー希望だそうです」要らない事実無根の紹介を付けて。そしてわたしと正反対に明るいエンドウくんの笑顔に押し切られ、現在に至るわけだ。


「どうして、わたしだったの?」
「何度も言ってるじゃないか。君が美しいから、ただそれだけだ。これは没収だよ。早くみんなのところに行っておいで」


いつも、ごまかされてしまう。

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