「先月号に載ってたカフェで、苺のロールケーキが食べたいの」


彼女の一言で、僕の滅多に訪れない休日の予定は決定した。同色の豪奢なレースが縁に張り巡らされた黒い日傘をくるくる回しながら隣を歩く彼女は実に嬉しそうな表情で、見てるこちらまで暖かな気持ちにさせてくれる。水彩画風の色とりどりの花々が一面に散らされたスカートを翻し、きらきら光るビジューで飾られたミュールでまた一歩踏み出すその姿は、どこぞの妖精かと見紛うくらいに愛らしい。これが僕の彼女なんだと思うだけで、言いようのない気持ちの高揚を感じる。パフスリーブのカットソーから伸びる白くて細い腕をそっと掴めば、「なに?」と鈴の音のように清らかで可憐な声が僕の鼓膜を揺さ振った。


「そんなにケーキが楽しみかい?」
「え?もちろんじゃない」
「こないだのデートもケーキ食べに行くだけだったろう?よく飽きないね」
「奏ってば分かってないのね。前のは抹茶のシフォンケーキだったでしょ?全然違うお店だし。あれもすごく美味しかったけど。今回のはね、色がピンクで可愛くって本当に美味しそうでね…」


彼女はにこにこと雑誌に載ってたケーキの魅力を語り始める。自分は食べてないのに、よくここまで調べられるものだ。いつも通りの彼女の情熱に感心しながら冷たく思われない程度に相槌を打つ。僕にとっては話の内容よりも、くるくると変わる彼女の表情の方が何倍も魅力的だった。


「…奏?」
「ん、なんだい?」
「奏は、つまらない?ケーキを食べたり、映画に行ったり、夜景を見たりするだけじゃ嫌?」


控えめなリボンが彩るピンク色の小さな爪に見惚れていて返事が遅れたせいか、彼女は不安げに僕の顔を覗き込む。兎を彷彿させるその表情に、どきりと跳ねる心臓を抑えつけて、出来るだけ柔らかい笑顔を浮かべた。


「そんなことないよ」
「ほんとに?せっかくの休日なのに、わたしの都合で振り回しちゃってごめんね」
「好きで付き合ってるんだから、気にしなくていいんだよ」
「わたしね、雑誌を見てたら、奏と行きたい場所とか奏としたいことで頭がいっぱいになっちゃうの。だから休みの度にこうやって連れ回しちゃって…練習で疲れてるのに、迷惑だよ、ね」


しゅん、とうなだれる彼女の肩に手を置く。弾かれるように起き上がった彼女の顎を上に向けさせて、薔薇色のグロスがたっぷり乗った唇に自分のものを押し付けた。小さい吐息が彼女の口から洩れて、それが何とも言いようのない気分を駆り立てる。これ以上はだめだ。卒業まで我慢するって僕は神に誓ったんだから。ゆっくり唇を離すと、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめてふにゃりと笑った。自然に込み上げてくる幸福感で緩む口許を隠しながら、僕は彼女と同じように微笑む。


「君と過ごせるんだから、最高の休日だよ」


その言葉に機嫌を良くした彼女は、僕の手を取って歩き出す。高いヒールのため歩幅が小さい彼女に合わせて、ゆったり歩くこの時間を僕は無駄だなんて思わない。穏やかな心持ちで彼女の話を聞いている間にも、きょろきょろ動く彼女の視線は流行の服を着たトルソーが立ち並ぶウィンドウを捉えた。次に来る言葉なんて容易く想像ができる。


「奏!ちょっと寄っていい?」


このちょっとは一体何時間に及ぶんだろうかと頭の片隅で考えながら、「うん、構わないよ」と僕の口は勝手に動いていた。





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