「入江くん、明日から学校来ないんだって?」


わたしの声に反応して、入江くんは眠そうに目を擦りながらむくりと起き上がった。ふわふわの癖っ毛は寝てたせいで変なところに跡がついていて、何だか面白い。


「そうだよ。…ん?何で笑うんだい?」
「だって寝癖ひどすぎ」
「これは元からだよ」


そう言いつつも、照れ臭そうに、男の子らしい大きな手で跳ねた髪をくしゃくしゃ撫ぜる。窓からちょうど入江くんに向かって陽光が降り注いでいて、まるで天使みたいだ。窓際で寝てたためか、入江くんからはお日様の匂いがした。入江くんはうんと伸びをして、眼鏡のずれを直す。お話する気になってくれたみたい。


「テニスの合宿だっけ?」
「うん。U-17代表合宿」
「わたしもう18だよ」
「誕生日の問題だろう?」


入江くんに参加資格がないんじゃないか、って心配してあげたのに、入江くんは私の発言にくすくす笑う。彼は見かけと穏やかな物腰にそぐわず、意外と意地悪だったりするのだ。


「日本代表、ってこと?ほんとにすごいんだ」
「まだ決まったわけじゃないよ。それに別に特別なことじゃないさ」
「なんで?」
「君がそれを訊くのかい?校内トップの優等生さん」
「なにそれ」
「大学もほぼ決まってるんだろう?いいな、僕なんてまだまだC判定なのに」
「…テニス、続けないの?」
「まだわからない。今回の合宿で、将来を見極めようと思ってるんだ」
「ふぅん」


また、だ。入江くんは時々不意に大人びた表情になる。親の言う通り勉強して、当たり前のように親の決めたレールの上を進むわたしとは違って、入江くんは色んなことを考えているらしい。そして彼は不要に卑屈だった。日本代表候補なんて輝かしい肩書きを手にしても、入江くんは見せびらかすことはもちろん、箱に入れたまま取り出すことすらしないだろう。とにかく彼はそんな人だ。大体、C判定だなんて言ったところで、彼が目指すのは難関国立大、わたしなんかが比べる対象にはならない。本当に彼は、優しくて謙虚で春のようになまぬるい。


「がんばってきてね」
「うん。ありがとう」
「お土産は、無傷でいいよ、入江くん」
「なんで五七五?」
「なんとなく」


わたしが何の根拠もなく胸を張ると、入江くんはまたふんわりと笑った。わたしこの笑顔が見たくてわざと馬鹿やってるのかもしれない。だとしたら、ものすごく滑稽だなあ。そんなことを考えて、少し落ち込むわたしの髪を、入江くんは優しく掻き乱す。


「僕、君のそういうとこ好きだな」


ついでに心まで掻き乱されてしまった。「いってきます」掛けられた甘い挨拶と極上の笑顔に、新婚さんみたい、なんて柄にもないことを考えて、わたしの頬は赤く染まってゆくのだった。




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