運命の8月23日。私は誉さんとの約束通り、決勝戦が執り行われている会場に足を運んでいた。誉さんのチームメイトが一人ずつ前に出て、堂々とした様子で弓を引く。私は弓道の知識など全く持ち合わせていないけれど、放った矢が空気を割いて的の中心に吸い込まれていく様は、純粋に美しいと思った。お花の先生が弓道は精神修養だ、とおっしゃっていたのもよくわかる。私が弓道の魅力にとり憑かれているうちに、試合は誉さんの番になっていた。精神を統一しているのだろう、誉さんは瞼を下ろして深呼吸をしているみたいだ。私も一緒になって、いつか流れ星に願ったときのように手を組んで願いを込める。


(誉さんが緊張なさりませんように…!)


あのときとはまるで違う願い事に、自然と温かい気持ちになれて口許には笑みが浮かぶ。その一瞬、誉さんが私を見た。ほんの少しだけ口の端を緩めて、目だけで優しく微笑む。私はそれからずっと、目を逸らすこともできずに誉さんを見つめていた。




「あやめちゃん」


試合も終わり、寮に戻る準備をしていり弓道部の方たちをぼんやりと眺めていたら、誉さんが気付いてこちらに来てくれた。私は1番自信のある笑顔で誉さんを迎える。


「優勝おめでとうございます」
「ありがとう、あやめちゃんのおかげだよ」
「私は何もしていません。誉さんの実力です」
「そんなことないよ。僕は君のためにがんばったんだから」


そう言って誉さんは心からの笑顔を溢れさせる。充足感でいっぱいのその表情は、見ているだけの私までも幸せにしてくれた。


「誉さん」
「何だい?」
「私ね、ずっと誉さんのこと恨んでました。誉さんがいらっしゃるから、私は普通の幸せすら得ることが出来ない、って。でも、私は間違っていました。だって、誉さんは私に、人を愛する喜びを教えてくださったから」


誉さんはたいそう穏やかな笑みを浮かべ、私の前に跪く。流れるような動作で私の左手を取り、薬指に軽く触れるだけのキスをした。現状を飲み込めない私の頭には、キスされた事実だけが飛び回って耳まで赤くなる。あちらから弓道部の方々も興味津々にご覧になっているのに、誉さんは全く気にする様子もなく、私の左手を挟むように両手を重ねた。


「あやめちゃん…いや、あやめ」
「ほま、れさん…?」
「僕は君に相応しい男になれたかな?」


誉さんの瞳が不安に揺れる。私をこれほど大切に思ってくださる人は彼より他にいないだろう。そして、私がこれほど大切に思える人も。今にも泣きそうな顔で何度も頷くと、誉さんは突然立ち上がった。真剣な眼差しで私をじっと見る誉さまに、以前の気弱さは見られない。透き通った瞳に吸い込まれそうになる錯覚を覚える。


「あやめ、」
「はい、誉さん」
「私は貴女の夫となる為にあなたに自分を捧げます。そして私は今後、貴女が病める時も健やかなる時も、貧しい時も豊かな時も、喜びにあっても悲しみにあっても、命のある限り貴女を愛し、この誓いの言葉を守って貴女と共にあることを約束します。あやめ、ずっと僕の傍にいてくれますか?」
「…ええ、勿論です」


指輪交換の代わりに、どちらからともなく唇を合わせる。生まれて初めてのキスは恥ずかしさが勝って、雲の上を歩くようなふわふわした心地だった。私はもう流れ星には願わない。喜びも悲しみも苦しみも幸せも、全てこの人と分かち合って生きていくから。

痺れを切らした木ノ瀬さまとそのご友人に、無理矢理引きはがされるまであと数十秒。

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