自然に落ちてくる瞼を擦りながらやっとのことで意識を保つ。昨晩はどうしても課題が終わらなくてつい夜更かししてしまった。そのツケとして今は異常なまでの睡魔に徹底抗戦している。母さんに叩き起こされてから家を出るまでの一連の作業も思い出せない。朝ごはんも食べたはずなのにメニューはおろかその事実さえも曖昧だ。本当の眠気というものを初めて実感した気がする。なんて恐ろしい。


「ふぁぁああ」


何度目かの大きな欠伸が洩れる。覚束ない足取りだったが何とか校門まで辿り着いた。普段より遅い時間のせいか見慣れない人ばかりの中を頭を右に左に揺らしながら進む。片手で口を覆いつつ、てれてれ歩いていると背後から肩を叩かれた。


「おっはよー」


朝だというのに晴れ晴れとした空に飛ぶ小鳥の囀りを思わせる弾むような少女の声。振り返らずともわかる、同じクラスの田中さんだ。


「黒木くんがこの時間なの珍しいね」


彼女と教室の外で会うのは初めてかもしれない。いつも教室では賑やかにやっている方の彼女とはあまり接点がないから、まともに話したのもこれが最初かも。その割には僕の習慣も頭に入っているようなので周りをよく見てる子なんだなあと感心した。


「ちょっと寝坊してさ」
「そういえば眠そうだね」


彼女はじいっと僕の顔を見つめる。実のところこれという程の経験がない僕には少し気恥ずかしいのだが。必然的に僕の視界は彼女でいっぱいになる。これまで意識して見たことはなかったけれど、改めて観察すると睫毛が随分長い。女の子なんだなあ、とひたすら実感。


「あんまり眠いんなら保健室行った方がいいよ。お腹痛いって言えば大丈夫!」


彼女は心配そうな色を浮かべながらも教育上よろしくはない助言をさらりと与えてくれる。一、二度実行したことがある口ぶりだ。それを指摘すると田中さんは悪戯っぽく笑顔を作った。と思った途端、次には目を見開いて声を上げる。本当にくるくる回る表情だなあ、見てて飽きない。


「あ、いけない!当番あるんだった!じゃあまたあとでね」


田中さんは僕の方を向いたまま小走りで一歩先に出て、小さく手を振る。そういえば彼女は今週は週番だったか。すぐに思い出す自分にはたと気付き、これじゃあ彼女のことをとやかく言えないなと内心で笑う。僕も思ったより他人のことを気にしてるみたいだ。


「ああ、またね」


僕も彼女に挨拶を返して、もう一度欠伸を噛み殺す。彼女は進行方向に体を向けた。その瞬間。


「………ひゃっ!?」


一際大きな春一番が吹き、田中さんの平均女子より短い丈のスカートが捲れ上がる。赤地に白い水玉を散らした某ネズミの女の子を彷彿させるその、あれが見えてしまった。勿論、不可抗力というものだ。彼女は瞬時にスカートを手で押さえ、恐る恐る振り返る。


「み…、みみ見えた?」
「…ごめん」


僕が悪いわけじゃないけど何となく謝ってしまう。彼女の目が泣きそうに潤んでいたからかもしれない。僕の答えを聞くやいなや、彼女の顔はみるみるうちに真っ赤になる。何か気の利いた言葉でも掛けられたらいいのだが、それは無理な注文だった。生憎こんな状況初めてなのだ。彼女は僕と視線を交錯させると小さく何かを呟いてそのまま走り去ってしまった。残されたのは固まった僕。


「あんな表情、反則…」


恋なんて知らないし、彼女が欲しいと思ったこともない。だけど僕の頭の中は先程の田中さんのひどく女の子らしい表情と小さく呟いた「ごめんなさい」でいっぱいだった。眠気はいつの間にか醒めていた。しかし僕はすぐにでも保健室に向かうことになりそうだ。治まらない頬の熱と早鐘を撞くこの心臓はどうやったら治りますか、って。





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