「おーいっ!」


窓の外から快活な、幾つになっても幼さの抜けない声が響く。そんな大声出さなくても数メートルしか離れてないんだから聞こえるっつの。返事をしない限り鳴り止まない騒音に痺れを切らして市松模様のカーテンを横にずらして窓を開ける。案の定、反対側の窓には髪を揺らしながら声を張り上げる幼なじみ―団蔵がいた。


「うるさい」


眉を顰めながら放った第一声に団蔵はわりぃと軽く謝る。絶対反省してないこいつ。そうは思ったが奴のマイペースぶりは今に始まったことではないので流した。気にするだけ野暮というものだ。


「団蔵、部活は?」


日曜日なのに団蔵に部活がないのは珍しい。土井先生に無理やり入れられた書道部。文化部のくせにやけにスパルタなその部の活動は日曜日にまで及んでいたはずだったけど。あたしの問いに団蔵はうげえっと悲鳴を上げた。


「やなこと思い出させんなよ。今日は先生が出張で休み」
「ふーん」


まあそれはいいからさ、団蔵は事もなげに話を移す。


「んーなあに?」
「あのさ、お前、柴田さんと仲いい?」


はあ、またか。ほんのり朱に染まった頬から次に何を言うかなんて経験でわかる。


「今度は柴田さんなの」


呆れた目で団蔵を見遣ると照れたように頭を掻いた。褒めてない、褒めてない。


「だって可愛いじゃん!」


きらきらとした瞳で熱く彼女の魅力を語り出す。ああ聞いてないから必要ないよ。あたしの突っ込みは届かなかった。


団蔵は、ひどく惚れっぽい。そして一度熱したら機関車のように止まらないのだ。その度にあたしに協力を仰ぐから大体予想はつく。男女共に仲の良いあたしは情報通として名を馳せているから。


「でさ、柴田さんって彼氏いる?」


ほらね。団蔵は頭はこんなんだけど豪快で男らしい、と取れないことはないし、何より顔が整っている。だから取り持ってやれば大概上手くいくんだけど長続きはしないから不思議だ。向こうからフラれるんだと団蔵は言っていたが。それでもめげないこいつはすごい。口にすら出せないあたしとは違う。


「柴田さんなら今フリー」


これは本当。ついこの間彼氏と別れたと噂で聞いた。団蔵はそれだけ聞くと、ガッツポーズを作ってまた叫んだ。あたしが口を挟む隙もなく「ありがとっ!またよろしくな!」と言い残して部屋に吸い込まれていった。


「人の話は聞けっつの…」


柴田さんは三十過ぎた大人の男性にしか興味がないのに。彼女の高校生男子を見る目は幼稚園児を見るものに等しい。団蔵みたいな母性本能擽るタイプは更に駄目だろう。始まる前から彼の恋はほぼ終わってる。


「…しばらくは、平気かな」


柴田さん狙いでいくならその間、彼女は出来ないだろう。団蔵の幸せそうな顔も惚気話も聞かなくて済む。ほっと安堵の息が漏れた。あたしは団蔵のように強くはなれない。恋にぶつかっていけない、その代償が大きすぎて。好きな人の恋を応援する辛さならもう慣れてしまった。団蔵は誰かに恋しているときが一番輝いている。だからあたしは隣でそっと彼の幸せを支え続けるんだ。


「おーい!」


また団蔵の馬鹿でかい声がする。顔を上げると太陽のような満面の笑みを浮かべた団蔵が手を振っていた。話し忘れたことでもあるのかと首を傾げると、団蔵は自分の胸を叩いて頼もしく。


「李紗に好きな人出来たら俺が取り持ってやるよ!」


じゃあ今すぐ叶えてよ。口を突いて出そうになった言葉を飲み込んで、団蔵には頼まない、と笑った。





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