「団蔵、来て」


わたしが呼べば、彼はいつだってわたしのところに来てくれる。たとえ補習中だろうと、友達と遊んでいる最中だろうと、わたしの電話一つで彼は何処にでも駆け付けてきてくれた。団蔵の前ではわたしは特別な女の子になる。王子さまが捧げてくれる甘い蜜だけ吸って生きる、夢見がちなお姫さま。





団蔵はおつむがあまりよろしくない。赤点ばかりの中間テストを見て、おばさんが眩暈を起こしたのも、まだ記憶に新しかった。それに加えて団蔵はお行儀が良くない。遅刻やサボりは当たり前だとして、喧嘩や補導、親の呼び出しもしょっちゅうだった。向こうからちょっかいかけてくるんだから仕方ねーだろ。団蔵の言い分は解らないでもなかったから、怪我はしないでねとの忠告に止めた。だけど団蔵の本質はとても単純だ。わたしがいつか、煙草や酒をする男は嫌だと言ったのを覚えていて、不良みたいな人たちとツルんでいてもそれらは絶対にやらないし、喧嘩のときも自分からは決して手は出さない。しかし、ぼこぼこにされた側から見ればそんな事情知ったこっちゃないのであって、故に団蔵は恨まれやすかった。そして団蔵に勝てない彼等は人質という姑息な手段に走る。つまりは今、この状況だ。


「あのさー、何がしたいの?」


放課後に見知らぬ制服の男の子数人に拉致られて、寂れた倉庫の柱にわたしは繋がれていた。まさかこんな古典的な真似をする人たちがいたなんて驚きだ。今時ごくせんぐらいでしかお目にかかれない。思わず呆れと感嘆を込めた声音で近くにいた男の子に声を掛ける。平然とした様子のわたしが信じられないのか、ぎょっと目を見張った。失礼なやつめ。


「お前、加藤の彼女だろ?あいつにこないだ酷い目に遭わされたんでな。今度はこっちの番だ」


携帯の通話ボタンを今しがた切ったばかりの男の子が代わりに答える。きっと団蔵に脅しでも入れたんだろう。どうしてこうも短絡的というか、非生産的というか、結果の生まれない行動が好きなんだろうか。この人たちは損得勘定というものをしないらしい。その派手な頭には脳みそ詰まってないのかな、少し同情する。


「言っとくけど、わたしを人質に取ったくらいで団蔵に勝てるとか思わない方がいいよ。団蔵はあなたたちの何十倍も強いもん」
「口の減らねー女だな」
「いっぺん黙らせとくか?」
「まあ顔は悪くないし」
「悪くないって言うな!失礼ね!ちゃんと褒めなさいよ!」


いやらしくにやりと笑う男の子。わたしの制服のリボンを引っ張って、しゅるりと解く。彼らはわたしが虚勢を張って騒いでると思ってるみたいだけど、わたしはちっとも怖くない。何故かって?お姫さまを助けるのが王子さまの役目だからよ。


「団蔵」


わたしの口がその名を紡ぐと同時に、入り口付近で見張っていた男の子が吹っ飛んだ。盛大に床に叩き付けられる細身の体躯。あまりのスピードに何が起こったのか把握しきれないようで、臥した男の子は目を白黒させていた。猛々しい王子さまのご到着だ。団蔵は殴ったり蹴ったり頭突きしたり投げ飛ばしたりを繰り返しながら、次々に薙ぎ倒していく。わたしのリボンに手をかけたまま呆気に取られている男の子に渾身の一撃を喰らわせた団蔵は、わたしの手をしっかり掴んだ。


「だいじょーぶか、李紗?」
「うん、平気」
「何もされてない?」
「無事だってば。団蔵が助けてくれたもん」
「そりゃ李紗を守るのは俺の役目だろ。こいつらの行動のセキニンは俺にあるし」
「いーの!ありがとう、団蔵」
「…李紗が無事ならそれでいーや!じゃ、帰るか」


わたしはお礼を言いながら、腕を首に巻き付け団蔵の唇を奪う。団蔵は照れ臭そうにはにかんだ後、貝殻繋ぎ、所謂恋人繋ぎをしてくれた。死屍累々の惨状なんて気にしてられない。実際のところわたしは護身術を申し訳程度だけど嗜んでいる。逃げようと思えばいつだって逃げられるのに、そうしないのは団蔵に助けてもらいたいから。だってお姫さまのアイデンティティは、王子さまに助けられることでしょう?団蔵もそのことを知ってるくせに、ね。


「団蔵。わたし、弱くないよ」
「知ってる」
「わたし、怖がってないよ」
「知ってる」
「わたし、「李紗」


団蔵がわたしの瞳に映り込む。筋の通った鼻も、わたしの頬を包む大きな手も、どうしてこんなにわたし好みなんだろう。


「李紗は俺のお姫さまなんだから、黙って守られててよ」


そんな格好いい顔で言われたら、従わないわけにはいかないじゃないか。嘘、最初から断るつもりなんかない。この目も、この声も団蔵だから、愛しいんだね。


「王子さま、喜んで」


簡潔にまとめると、全て予定調和の戯れ事なわけです。


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10000hit記念
遅くなったわりに
男前の欠片もない…
いつかリベンジします
リクエスト
ありがとうございました

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