彼女は僕のことを全く理解していない。僕が真面目で勤勉で良心を持ち合わせた心優しい人間だと、誤解しているのだ。真面目は人の期待に背くことが出来ない臆病さ。勤勉は人一倍頑張らなければ置いてかれてしまうように感じる卑屈さ。良心は誰かを見下すことも裁くことも出来ない中途半端な正義感。優しさは同等の思いやりが返されると知っているずる賢さ。僕は彼女が思うような、綺麗な人間じゃない、のに。


「あ、藤内!」
「おはよ、李紗」
「朝から藤内さまを拝めるなんて、今日はラッキー!いい日になりそう。ありがとね!」
「はは、大袈裟だなぁ」
「本気で言ってるんだよー」
「はいはいありがとう」


大口を開けて笑う彼女は、あまり女の子らしいとは言えない。だけどそのあっけらかんとした裏表のない態度が、僕は好きだった。彼女はいつだって全力で、笑って泣いて怒って喜ぶ。絶え間無い表情の変化は彼女の美点だ。


「あ、藤内さ、化学得意だよね?レポート途中で力尽きちゃって…よかったら教えて?」
「僕でよければいつでも」
「よかったあ、藤内がいれば百人力だー…ありがと!」


ほっとしたように胸を撫で下ろす李紗には悪いけど、僕は化学なんてちっとも得意じゃない。だけど築き上げてきた勉強が出来るというイメージを崩したくなくて、死に物狂いで評価はAをとり続けている。自らが始めたこと、頑張るのは当然だけど、たまに振り返って恐ろしくなる。これを失なったら、僕には一体何が残るんだろうか。僕はいつまでがんばればいいんだろう。


「藤内ってほんといい人」


何気ない彼女の言葉がこれ以上なく僕の心臓をえぐる。純粋そのものな笑顔をぐちゃぐちゃにしたくなった。何も知らないくせに、何も解らないくせに!頬は引き攣らせたまま無意識に握った拳を、更に強く握り締める。もどかしい、彼女には本当の僕を知っていて欲しいのに。孤独感に押し潰されそうになった瞬間、李紗は僕の握りこぶしをそっと両手で包み込んだ。


「李紗…?」
「藤内、眉間にシワ寄ってる。言いたいことがあるんなら、ちゃんと言った方がすっきりするよ。私でよければ何でも聞くし」


彼女の柔らかく小さな手の平が、僕の手に触れていると考えただけで、変な汗が背中を伝う。心配しつつも全てを見透かすような李紗の視線から逃げ出したい反面、その手を離してほしくない。僕の口は自然に動いて、下手くそな逃げ道を紡ぐ。


「べ、別に特にないよ」
「嘘。うん…私も嘘吐くのやめるね。私知ってるよ、藤内が本当は勉強好きじゃないことも、いい人って言われるのが嫌なことも、無理してるのに気付いて欲しくて仕方がないことも」
「そ、んな…」
「作らなくていいんだよ、藤内。私、どんな藤内でも大好きだから」


懇願する彼女の瞳はどこまでも真っ直ぐで、だからこそ見てはいられなかった。口先だけのおべっかなんて信じちゃいけない。彼女は嘘を言うような人間ではないと、ちゃんと知っているのに、頭は彼女を否定する。受け入れられることを望んではいけない。理解されることを欲してはいけない。だって、いつかは捨てられるんだろう?


「藤内、もう一度言うね。私はどんな藤内でも大好きだよ。あなたは、どうなの?」
「僕、は…僕は、」


僕は?彼女をどう思ってるんだろう。明るくて暖かくて優しくて柔らかくて、少し天然なところは守ってあげたくて、危なっかしいところは放っておけなくて、他の誰よりも、僕を見ていてほしい。


「臆病で、卑屈で、悲観的で、そんな僕だけど…、胸を張って言えることが一つだけあるんだ」


李紗は柔らかく猫のように目を細める。薄い唇は綺麗な弧を描き、僕をひっそり勇気付けた。


「僕も君が好きだよ」


僕の好きな君、その君の好きな僕ならば、僕は愛してやれるかな。


塑 
性 
を 
や 
ぶ 
り 
蘇 
生 
 



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10000hit記念
…これ、幸せ?
倫の力不足で
何故か暗くなってしまった
そんな幸せな藤内
リクエスト
ありがとうございました

BGM:me me she

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テーマ「人外ファンタジー」
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