※先生パロ
「またサボってるのかい?」
非難するような口ぶりだけれど、声の調子からちっとも叱る気がないことが窺える。彼はいつだってそうなのだ。来るもの拒まずで説教も詮索もしない。ただ落ち着いて眠れる場所や、黙って聞いてくれるだけの相談相手、そして美味しい日本茶を提供してくれる。そんなところが全校生徒から人気なのだった。もぞもぞ布団から這い出ると、へらへら向日葵のような笑顔を浮かべた伊作センセイがデスクに座ったままこちらを見ていた。
「すっかり常連さんだね。今週もう三回目だよ」
授業は大丈夫かい?なんてけらけら笑って言う。それが仮にも教師の態度か。現国は得意だからいいの、と返しながらデスクの前のソファーに腰掛けると、テーブルの上に湯気立つ間抜けなひよこが描かれたマグカップが置かれた。これはあたし専用。中身はいつものように梅こぶ茶だ。一度気に入ったと漏らしたら、それ以来あたしにだけはいつものお茶ではなくこれを出してくれる。他のコたちに少し優越感を感じる瞬間だ。
「でもほんとにさ、僕は心配してるわけだよ」
ふと真面目な顔になって、椅子から立ち上がったセンセイはあたしに向かい合う。なかなかお目にかかれないその真剣な表情にどきっとした。彼はいくつの顔を持っているんだろうか。
「何が?現国は得意って言ったじゃん」
「そうじゃなくて。他の子みたいに疲れてるとか、悩みがあるとか、そんなんじゃないだろう?」
僕に出来ることなら何でも言っていいんだよ?結局のところ、彼はどこまでも優しい伊作センセイなのだ。生徒のことを自分の友人、家族、時には自分自身のことように親身になって考えてくれる。その温かさに信頼を置く者はあたしの知る限りでも数えきれないほどいるけど、あたしにはまだ足りない。あたしがほしいのは、そんなものじゃないの。
「あたし、センセイに会いに来てるだけだもん」
「またそうやって誤魔化すんだから」
「本気だってば!」
「はいはい、ありがとうね」
センセイは手をぱたぱた振って、手元の書類に目を落とす。こういうところに年上の余裕を見せるから嫌いだ。あたしが何を言ったって高校生の戯言でしかないんだろうな。悔しい。
「あ、あったよ。悩みごと」
「え、なに?」
癪だったから、あたしの言葉を聞きつけて身を乗り出したセンセイの白衣の裾を引っ張って、あたしの方に倒れてきたセンセイの唇を奪ってあげる。
「伊作センセイが振り向いてくれないこと」
してやったり。にやりと笑って見せると、センセイは数秒呆けた後、顔から火を噴いた。年上の余裕なんてどこにいったんだか。
ヘブンズゲート(天国にいちばん近い場所)