山村はひどいと思う。わたしがそう口を尖らせるとやっと山村はわたしの存在を知覚した。いつからいたの、なんてずっと前からいたというのに。山村はわたしに興味がないのだろうか。六年になり演習や実習で忙しくなっても変わらずに、たまにこうして皆本のいない時間帯を狙ってわたしは山村の自室を訪れる。最初のうちはあのふにゃりという表現がよく似合う笑顔で迎えてくれていたのに。今日は開けっ放しの入口から堂々と侵入したにも関わらず、ついさっきまで山村は蛞蝓と戯れていてわたしに気付きもしなかった。この気持ちは何と呼ぶのだろう。怒りとも虚しさとも違う、曖昧で胸を締め付けるような悲しさ。考え込むうちに無意識に寄っていた眉間を山村の指が突く。とん、と軽くだったが山村に触れられたと意識すると気恥ずかしくなって顔に熱が集まった。赤くなっていなければいいけど。


「ちょっと、!なめくじ触った手で、触んないでよ」


照れ隠しにしては最低なことを口走ってしまった。今の言い方では蛞蝓に対して失礼だ。山村も同じことを考えたようで、不機嫌そうに微妙に眉を吊り上げる。


「それ、どういう意味?」
「あ、え、…ち、違うの!」
「なめくじさんたちが嫌なら来なきゃいいじゃないか」


怒らせてしまった。山村はわざとらしく溜息を吐いてわたしから視線を外した。蛞蝓の詰まった壷を覗き込んで、わたしを空気のように扱う。謝らなくちゃいけないのに、何と言えばいいのかわからない。蛞蝓は確かに好きではないが、それは山村のせいだ。山村が蛞蝓ばかり構うから。わたしのことを見てくれないから。だから、


「ごめん、」
「…………」
「山村が、悪いんだよ」
「………」
「なめくじばっかで、わたしのこと構ってくれないから」
「………」
「だから、つい、その」
「ねえ、」
「…!な、なに!」
「それってやきもち?」


振り返った山村の顔は少しも怒っていなかった。それどころか頬を緩ませてだらしなく笑っている。開いた口が塞がらないまま呆気に取られるわたしを更に追い詰めるように、山村がにんまり笑みを深くする。


「なんでやきもち妬くのぉ?」


死刑宣告だ。わたしの顔は茹蛸のように赤いに違いない。逃げ出そうとしたら、左腕をがっしり掴まれる。少しぬるっとしたけれど何の不快感も涌かないで、その大きな手が愛しいとだけ思った。わたしも大分毒されている。


「なんで、李紗?」


いつもの柔らかさなど消え失せた加虐的な笑顔と声がわたしに突き刺さる。言わせるまでは逃がしてくれそうもない。わたしの気持ちなんてお見通しだったのだろうに、知ってて気付かない振りをしていたというのか。ああ、もうなんてひどい男。


「…き…だから」
「えー聞こえないよう」
「す、きだから!」


もうどうとでもなれ。やけくそで叫ぶと、唇に生温い感触。思わず固まって瞬きの回数を増やしたわたしに山村はいつも通りへにゃりと笑った。


「ぼくも好きだよ」


この男には一生勝てそうにない。




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